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田賀さん

DAY37-1石川県金沢市:百姓の持ちたる国・加賀百万石の重伝建、「東山ひがし・主計町・卯辰山麓・寺町台」


石川県金沢市には重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)がなんと4つもあります。旅の37日目は、その4つ「東山ひがし茶屋町・主計町(かずえまち)茶屋町・卯辰(うだつ)山麓・寺町台」をざっと歩きまわってみました。

百姓の持ちたる国、加賀

加賀はかつて「共和国」であったことで知られています。その起こりは、1488年、加賀で起こった大規模な一向一揆(長亨の一揆・加賀の一向一揆)。これにより加賀住民は、守護の冨樫政親を打倒して自治を開始。これをもって加賀は「百姓の持ちたる国」と呼ばれることになります。しかしながら、実際のところ百姓というよりは「寺社関係者」による富樫氏との協調統治であったという説もあるそうな。とはいえ、「百姓に推戴された坊主」による統治が100年ほど続いたことは間違いないようです。

いっきのイメージ図
<一揆のめぼしい画像がなかったためイメージ画像>

徹底的に対徳川を意識したまちづくり

その後、1583年に豊臣秀吉臣下の重臣・前田利家が金沢城へ入城すると、加賀は「百万石」への道のりをたどり始めます。江戸幕府を統治する徳川家からすれば、豊富温故の大大名・前田家は邪魔で仕方がありません。ということで、あれこれ難癖をつけて国力を削ごうとするのですが、前田利長(2代)・利常(3代)はのらりくらりと切り抜け、着々と加賀の防衛と経済を発展させました。ちなみに、藩の地盤を完全に確立した人物とされる前田利常は、「バカ殿」として知られていたそうです。なんでも、大火からの復興に際して「謀反のおそれあり」と江戸に呼び出しをくらった時、鼻毛を伸ばして酒食に溺れ奇行三昧、それで幕府の目を欺いたとのこと。

前田利常 <写真:那谷寺所蔵の前田利常画(金沢市WEBサイト)>

しかし、明らかに前田家(利常含む)は「バカ殿」ではありませんでした。富山県五箇山の合掌造り集落の軒下で密かに製造されていた火薬原料「塩硝」は、加賀藩が有事に備えて製造させたものですし、今でも目にすることができる堀の遺構、そしてそもそも重伝建「卯辰山麓・寺町台」も加賀(金沢)防衛と密接に関係しています。

また、加賀友禅・九谷焼・金沢漆器・金箔(金箔は全国シェア99%!)などの工芸と伝統芸能は幕府に謀反の意がないことを示すために注力されたとも言われているそうです。これが言いたくてちょっと前置きが長くなりましたが、とにかく金沢もまた、過去が現在の姿に密接につながっているまちなのです。

 

全国屈指の茶屋町・ひがし

朝早く着いたので、まずはひがし茶屋町にほど近い喫茶店「素都」にて朝食。
素都
お店の方いわく「ひがしの茶屋町は観光客がたくさん来るようになって、お店が増えて・・・」とのこと。どんなものかと思いつつ、小雨がぱらつく中、東山ひがし茶屋町へ。

ひがし
これがひがし茶屋町のメイン通り。周囲にお店はそれなりにありますが、地元の方が言うほど、みやげみやげした感じはしません。かつてはもっといい感じだったのでしょうか。

ひがし2
ひがし茶屋街の特徴はこの紅殻格子。

ひがし3
なぜか多くの家の軒先にはとうもろこしが。

 

散歩に最適・卯辰山麓

お次は卯辰山麓の寺町。これはひがし茶屋町と続いているので、駐車場に車を置いたまま歩いていくことができます。
卯辰山麓
こんな感じのまちを歩いていると・・・

卯辰山麓2
そこかしこに寺が現れます。

卯辰山麓3
また別のお寺。角を曲がるごとに、異なるお寺が出現します。

卯辰山麓4
美しい石と土壁の塀が続く道をちょっと歩いて・・

卯辰山麓5
またお寺。なんと卯辰山麓周辺だけで約50箇寺もあるそうです。しかし、なぜこれほど多くのお寺がこの地区(あるいは後述のにし地区)に集まっているのでしょうか。また、一向一揆(浄土真宗)の里なのに、ここに集まる多くの寺が、日蓮宗が曹洞宗など「浄土真宗以外のお寺」なのはどうしてなのでしょうか。この謎は「にし」に到着するまでわかりませんでした。

 

もうひとつの茶屋町・主計町

3つ目の重伝建、これまたひがしから徒歩で行ける「主計町(かずえまち)」。こちらもひがしと同じ茶屋町です。

主計町1
ひがしの川向う斜向かいが、主計町。なんでこんなに茶屋が多いのでしょう。

主計町2
ひがしと似たような町並み。川沿いであることと、やや高低差があるため坂道や小道が多いのが主計町の特徴でしょうか。

主計町3
立派な家々。さすが百万石のまち。

主計町4
生活感にあふれた、情緒ある坂道。

主税町6
川床で料理を楽しめる模様。

主計町5
これを初見で「かずえまち」と読める人はほぼ皆無なのではないだろうか。

 

これからの修復に期待の寺町台(にし)

主計町を後にし、金沢市内最後の重伝建、寺町台に向かいます。ここは東山ひがし・卯辰山麓・主計町とは少し離れているので、車で移動。「ひがし」が、ひがし茶屋町+主計町茶屋町+卯辰山麓の寺院群で構成されているように、「にし」もまた、にし茶屋町+寺町寺院群で構成されています。

にし
こちらがひがしと同じ1820年に設立された「にし茶屋街」の町並み。かなり最近修復されたようで建物が新しくきれいなのですが、なんとここは重伝建指定区域外とのこと。

田賀さん
にし茶屋街で真っ先に向かったのが、金沢市西茶屋資料館。この1階で懇切丁寧に金沢の歴史についてお話してくださったのが、ボランティアガイドの田賀さん。ちなみに、本稿で紹介している金沢についての記述の9割は田賀さんのお話が元になっています。重伝建をはじめとして、様々な地域をまわっていますが、地域の全体観をうまく説明する看板やパンフレットは希少です。そこで浮かんだ疑問をぶつけられる人がいると、本当にありがたいです。そんなマニアックな観光客がどれほどいるのかわからないけれど。

まいどさん
なお、研修を受けた金沢のボランティア観光ガイドさんは、「まいどさん」と呼ばれ、みなさんこのシャツを来ておられます。まいどさんの中でも屈指のベテランと推測される田賀さんは、金沢に寺院群がある理由を説明してくださいました。

それによると、金沢の寺院群は、外敵(つまりは徳川幕府)に対する砦なのだそうです。卯辰山麓に点々と見晴らしのよい寺があるのは、遠くまで見渡すため。また、お寺を数多く配置することで、有事の際には十分な兵力を配置できるようになっているそうです。堂々と砦を気づけばすぐ幕府に目をつけられ「加賀藩取り潰し」になってしまう当時、だましだまし防衛機能を向上させるために、時間をかけて寺院群を構築していったそうです。 金沢市地図 地図をみると、そのことがよくわかります。金沢城を中心に考えると、北方は海。東西両側に川が流れ、その外側をさらに卯辰山麓の寺院群と、寺町台の寺院群が守る格好となっています。手薄な右側にも、重伝建指定はされていませんが40あまりの寺院が集積する「小立野寺院群」があり、砦の役割を果たしています。 なお、寺院群の中に浄土真宗(一向宗)が少ない理由は、彼らが前田家とは緊張関係にあったからだそうです。そもそも一向宗を鎮圧して加賀を支配したのが前田家であることから、主に武家を檀家とするその他諸宗が寺院群を構成したとのこと。

寺町台1
そして、寺町台の重伝建指定地区に向かいます。

寺町台2
ここだけ見ると、卯辰山麓とよく似ているようにも見えますが・・

寺町台3
途中の道は、こんな感じや

寺町台4
こんな感じ。卯辰山麓よりも多い約70箇寺が集積するとされる寺町台ですが、地区を大通りが通っていることもあり、当時の面影を頭のなかに描くには、ちょっと想像力が必要かもしれません

寺町台5
2012年12月28日の重伝建指定から日が浅いということもあるため、これから徐々に古き良き景観を取り戻していくことが期待されるのではないか。などと思いながら金沢を後にし、次なる重伝建「加賀の橋立」へ。(こ)

続き:DAY37 (2/3) 北前船の栄枯盛衰、船主集落の重伝建・加賀市加賀橋立(かがはしたて)地区


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