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すごろく?

DAY46 重伝建・大阪府富田林&奈良県今井町、中世の要塞都市・寺内町を歩く(+宇陀松山)


大阪府唯一の重伝建、富田林寺内町

今回の旅は都市部をできるだけ避けながら進んでいる。テーマは美しい・おもしろい田舎めぐりだし、実は都市部の運転が苦手なのだ。しかしながら大阪にひとつだけ重伝建があるため、ちょっと構えながら大坂府は富田林(とんだばやし)市へ。

細い路地

空にそびえる巨大なタワーに気を取られつつ、狭い路地を進むと、そこは富田林の寺内町。

富田林は1997年10月31日、「寺内町・在郷町」として重伝建に指定されている。地区はだいたい東西400メートル、南北350メートルの区域に広がっている。

富田林の地図

簡単に寺内町(じないちょう・じないまち、どっちの読み方もあるらしい)について書いておくと、これはお寺を中心に形成された自治集落のことである。町によっては、濠や土塁で囲まれたところも多く、信者や商人が居住し、しばしば一揆の原因にもなったそうだ。

では、寺内町・富田林はどのようにして誕生したのか。富田林の歴史は、永禄年間(1558~69)、本願寺のお坊さんが、当時の守護職(城主)から、「富田の芝」と呼ばれる荒れた芝地を購入したことに始まる。

その後、お坊さんは周囲4つの村の庄屋8人にお寺(興正寺別院)の建立と、町割りを依頼したらしい。いったい何の動機でそんなまちづくりをはじめたのか、大変気になるが明確なことはわからない。町の起源は実に色々である。

寺内町マップ

実は関西・北陸にたくさんある寺内町。

そんな感じで興正寺を中心に発展した宗教都市・富田林だが、江戸時代に入ると幕府の直轄地になり、宗教色が薄れていったそうだ。

次第に在郷町(農村部などで商品生産の発展に伴って発生した商工町)としての性格を強め、1668年には地区内に51業種、149店舗が軒を連ねていたという。随分と栄えていたようだ。

富田林のまちなみ

町並みにはかなりしっかりと保全されており、歩いていて気持ち良い。ところどころにニャンスケ(猫)がいるのも、風情があってとてもよい。

すごろく?

建築物の特徴を延べても面白いことはさほどないので、見つけた変なものについて書いておく。寺内町センターという資料館は、無料で入ることができる。小道具やらかつての商売道具やらが陳列されているのだが、気になったのはこの「すごろく」。

どうみてもこれは私の記憶にある「すごろく」ことは異なる。「ふりだし」も「あがり」も見当たらない。

むしろこの形状はアメリカで覚えたバックギャモンに非常に似ているのだが、いったいどうやって遊ぶのだろうか。誰もが気になるであろうその点について、説明プレートは沈黙を守っている。

そこで調べてみたところ、このすごろくは、2人で楽しむものらしい。「区画の上を各自15個の駒を置き、 交互に2個のサイコロ振り、先にゴールに入れた方が勝ち」ということだが、これだけ読んでもさっぱりわからない。やはり「西洋のバックギャモンに類似」とのことである。

現代のすごろくが、先人の努力の積み重ねの果ての進化系であることはよく分かった。

富田林の坂道

写真ではわかりにくいと思うが、寺内町と外周部との間には、これだけの高低差がある。階段がいい感じ。

富田林

通りはずいぶん格好良く保存されている。やや厳かで権威的な印象もある。

銅板

銅をふんだんに使っており、緑青がよい味を出している壁。

防犯?

やたらとトゲトゲしい屋根まわりのデコレーション。これは防犯用だと思われる。確かに登る気は失せる。

不動産

重伝建地区の隅っこのほうで見つけたこの看板。かなり狭い土地にがんばっている様子がうかがえる。商魂たくましい感じに、ある種の趣すら感じた。

今日はあと2つの重伝建をまわねばならないので、このあたりで次の重伝建、奈良県は「今井町」に向かった。

これぞ寺内町!奈良県橿原市・今井町

大阪から奈良に入ると、途端に運転しやすくなる。気分までちょっとのんびりしてくるようだ。2つ目の重伝建「奈良県橿原市今井町」は、1993年12月8日に寺内町・在郷町として指定を受けた。指定からはや20年が経過しており、かなり老舗の重伝建のひとつである。

今井町の資料館

有料駐車場の裏にでーんと出てくるのがこの建物、今井まちなみ交流センター「華甍(はないらか)」である。ここはちょっとした資料館になっているので、まず入って地図など入手したいところ。

橿原市観光協会編イラストマップ

橿原市観光協会編イラストマップより

そして、今井町の地図がこちら。先ほどの富田林が小高くなっていたのに対して、こちらは堀をめぐらした「環濠集落」である。かなり防御力が高そうだ。

今井町

町並みは、いい味を出している。富田林がかなりキレイになっているのに対して、こちらはより生活感のあるまちなみが特徴か。どちらもほとんどの家屋に人が住んでいるのだが、今井町のほうが散歩しやすいというか、どこかほっとする昭和的雰囲気がある。

ニャンスケ

ニャンスケを写真におさめることに成功した。かわいい。

むくり屋根

ややアーチを描いた「むくり屋根」。おそらく語源は「むっくり」していることから来ているのだろう。これもずっと見ていると若干かわいく思えてくる。けっこう作るのが難しいらしい。

床屋

床屋さんだって重伝建仕様である。まちぐるみで徹底しているところが興味深い。

お寺

修復中のお寺。今井町の中には、いくつかのお寺がある。寺内町というくらいだから、非常に重要な位置づけにあったのだろう。

ビフォアアフター
先に「老舗の重伝建」と書いた。これには意味がある。なぜなら、年季の入った重伝建ほど、町並みが修復されている可能性が高いからだ。それをわかりやすく示しているのが上の「重伝建ビフォア・アフター」写真である。

重伝建地区には、毎年決まった額の補助金が出る。それでちょこちょこ建物を修復しつつ、景観を守っていくためだ。その過程で、家屋の修繕だけでなく、時代考証から大きく外れてしまった現代的家屋も「修景」されて町並みに溶け込んでいく。

言い換えると、指定から間もない重伝建を訪問すると「ん?これのどこが重伝建」というケースも稀にある。そういう地区は、10年後を楽しみに想像しながら歩いてみることをおすすめする。

今井町

今井町の歴史は古い。調べてもよくわからなかったのだが、堀を張りめぐらさなければならなかった人たちと、堀の外側の人たちのことを考えると、日本も相当色んな人たちが住んでいたのだなぁとぼんやり思う。

現代において、いきなりある集落がまわりに塀を築いたり、堀をめぐらしだしたら、きっと大変なことになるだろう。そんなことは許さないとばかりに、報道関係者が詰めかけてくるだろう。数百年でずいぶん日本人も同質化したんだな、と思いつつ本日最後の重伝建、宇陀松山へ。

様々な時代が入り混じるレトロな宇陀松山の町並み

奈良県宇陀市松山は、2006年7月5日に商家町として重伝建指定。ここを巡るのに便利なのは「道の駅・宇陀路大宇陀」である。散策後はぜひ付属の足湯を堪能していただきたい。車を停めて、200以上の伝統的建造物があるという宇陀松山の町並みへ。

宇陀松山

簡単に宇陀松山の歴史をまとめる。この地域は、かつて「阿騎野(あきの)」と呼ばれ、朝廷の狩猟場であった。戦国時代に築城された「秋山城」の城下町として発展し、豊臣氏によって「松山」へ名前が改められたた後、江戸時代以降は織田家による「宇陀松山藩」の中心地として栄えた。織田家4代目がやらかして当主が自死した後は、幕府天領となっている。

町並みの特徴は、間口も奥行きも広い商家が多い点。これは、「あきの」から「松山」へまちづくりが進められる際に、税金免除という条件で近隣の商人が集められたことが理由らしい。たしかに、他の重伝建・商家町で「うなぎの寝床」と呼ばれるほど縦長の家屋が多いことを思い出すと、宇陀松山の家の間口は広い。

間口が広い

ちなみに宇陀松山は、薬の町としても知られていたそうだ。私たちが訪問した時間には閉まっていたが、多数の薬草木を今でも育てているという「森野旧薬園」は一見の価値がありそうだ。

 江戸時代の末頃、宇陀松山地区には1000軒の家があり、その中でも薬を取り扱う家が一番多かったという。記録では、日本で作られた生薬を取り扱う和薬店が12軒、薬用酒を取り扱う薬酒店が12軒、薬剤を調合する合薬店が23軒もあった。
ますます訪れたくなる奈良

宇陀

宇陀の現役商家には、色んなものがのっかっている。こちらは樽。

宇陀

台風が来たら吹っ飛ぶのではないかと心配になる、主張の激しい看板。しかし主張と同時に、看板(名)を大事にする配慮を感じる意匠でもある。

ウルルス

「ウルエス」が何だったのかは分からないが、おそらく薬であろう。とても味のある広告である。

まちの品格は看板に表れる。近代化によって大きく変わった風景を担っているのは、建物だけでなく、配慮のない看板や画一的なガードレール、電柱、そして道路である。そんなことをとりとめもなく考えながら、怒涛の重伝建めぐりを終えた。後日文章にしてみて気づいたが、やはり一日に3つも巡ると何がなんだかわからなくなってくるので、ぜひ時間を使って巡っていただきたい。(こ)

宇陀松山の細道


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