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角長入り口

DAY51-1 醤油は金山寺味噌から偶然生まれた―醤油生誕の地・和歌山県湯浅町(重伝建・醸造町)


重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)には、色々な種類がある。農村集落、商家町、在郷町などなど。その中でひときわ目を引くレアものが「醸造町」。このカテゴリで登録されている地域は、2014年8月現在、佐賀県鹿島・肥前浜宿と、ここ和歌山県湯浅のみだ。

醤油誕生の地・和歌山県湯浅町湯浅

「醸造」と聞くと思い浮かぶのは、だいたいお酒。私はさっぱりお酒が飲めないため、いくら酒蔵をまわっても実はあまりお話がピンときません。しかしここ湯浅はなんと「醤油」で有名なのだ。

しょうゆ

とりあえず醤油があればなんとかなる、そう思わせてくれる素敵な黒い液体。甘味、苦味、酸味、鹹味、そしてふんだんなうま味を備えた、この類まれなる奇跡の汁。私はたいがい調味料が大好きである。様々な調味料と、それを開発した有名無名の方々には感謝してもしきれないと常々思っている。

「無人島に持っていくならどんな調味料がいい?」などというよくある暇つぶし議論も、さんざん悩んでも結果はいつも「醤油」である(塩は除くルール)。その醤油の聖地・湯浅。ということで、とても楽しみに湯浅町の重伝建地区へと向かった。

味噌とはきってもきれない醤油の歴史

町について書く前に、ちょっと醤油について。「日本の空港に降り立つと醤油(ソイソース)の香りがする」と言われるほどの国民的調味料、醤油。しかし、実はその歴史は味噌と比べればはるかに短い。正確に言えば、日本においては味噌のほうがよほど長い歴史を持っている。

味噌の起源は古代中国の食品「醤(しょう/ひしお)」「豉(し/くき)」だと考えられています。日本に伝えられたのは、中国大陸や朝鮮を通って飛鳥時代の7世紀頃という説が有力です。(マルコメWEBサイト

中国では古来から「醤(ひしお、しょうゆみたいなもの)」が作られていた。それになる前のもの、「未醤(みしょう)」が味噌の語源だという。これが日本に1,300年前に輸入され、以後ずっと味噌として利用されてきた。初期は薬として、普及するにつれて段々と「味噌汁」の主な材料として。

では、いつごろ醤油は日本に生まれたのか。それには「醤とは何か」を整理する必要がある。その昔、中国で開発された「醤」は、魚醤、肉醤であった。そもそも「醤」とは、「ペースト状の調味料、あるいは味の濃い食品の総称(wikipedia:醤)」であり、その原料は魚や肉であったのである。時代が流れ、穀物栽培が普及発展するに従い「穀醤」が登場するようになった。

話を日本に戻す。湯浅の醤油製造の歴史は、今でも昔ながらの製造方法で醤油を作り続けている「角長」のWEBサイトに詳しく記載されている。

現在の日本の醤油の源泉は、鎌倉時代(13世紀の中頃)紀州の禅寺「興国寺」の開祖「法燈円明国師」が、当時は南宋と呼ばれていた中国から伝えた嘗味噌(経山寺味噌、現在は金山寺味噌と呼ばれている)が、その母体とされている。

この金山寺味噌製造の過程で、偶然うまれたのが我らが「醤油」。多くの発明と同じく、醤油も偶然の発見であった(ただしくは当初は無価値だった)模様である。

嘗味噌の中に、瓜・茄子などの野菜から塩の浸透圧によって水分が出てくる。
この水は当時の野菜の生産が6月~8月であったため、黴の発生や腐敗の元にもなり、捨てるだけであったのだが、昔ある時、その汁を利用してみると、これがなかなか美味しい。
そこで、初めからその汁を利用するつもりで造れば「新しい醤」つまり調味料が誕生すると考えたのが今様醤油の始まりだと言われている。
また、湯浅の水が醤油作りに適した水であった事も湯浅醤油発展の一因となっている。

昔と変わらぬ製法で醤油を作り続ける「角長」

勢いに任せて醤油について書きすぎて、まちのことが少しどうでも良くなってきたけど以下重伝建地区湯浅について。ここは2006年に重伝建指定を受けている。この地区の中心はやはり前述の歴史ある醤油屋さん「角長」である。

角長

駐車場に車を停め、指定地区をちょっと歩くと表れる「角長」。建物も立派だが、圧巻は立ち上る醤油の香気である。思い出しただけでも醤油を賞味したくなる。

角長入り口

朝早すぎて開いていないかも、、というかそもそもこれがお店の入り口なのかな、、と思いつつお邪魔。入り口が粋です。

角長のおかみさん

中で対応してくださった、角長の方。天保の頃からの蔵(御年170歳くらい)を使い、昔ながらの製法で醤油を作っているという角長。なんでも、一部の梁を改修した際に、その下の蔵だけうまく醤油ができなかったとのこと。昔と変わらぬ仕込みが行われている重伝建築の奥には、替えの効かない酵母が住んでいるらしい。

IMG_3275

ちなみに角長さん、重伝建地区の蔵の内側を資料館として開放している。古い器具を展示しているスペースと、現代風の説明のついた展示(写真不可)があり、どちらも見学してから店舗で醤油を購入すると、一段と元祖醤油のありがたみが増すことでしょう。

湯浅の町並み

角長だけでなく、湯浅町は歩いていて気分のよい町。

魚屋

海も近いので、古風な魚屋さんが突然登場したり、

しょうゆぶね

道端に突然ミニしょうゆぶね(しょうゆを絞るもの)が登場。

金山寺味噌

金山寺味噌屋さんもいくつかあって、

金山寺味噌の量り売り

こんな感じで量り売りをしていたり。

散歩

和歌山県・湯浅町は、近所の人たちが散歩したり、道端で話し込んでいたりする、ゆったりな雰囲気(と、芳しい醤油の香気)が漂う町でした。(こ)


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