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さらそば

DAY55 重伝建・豊岡市出石 徹底的にお腹をすかせて挑みたい信州伝来「皿そば」のまち


難読地名、出石(いずし)。兵庫県豊岡市内のいち地域であるここは、2007年に重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)指定を受けた城下町。(ちなみに鹿児島の重伝建には、出水と書いて「いずみ」と読むところがある)

豊岡市

クイック出石の歴史

兵庫県の北東部。地味だけれど海がとてもきれいな、丹後半島の海辺ドライブついでに立ち寄るとよいこの出石、行くまで知らなかったのだが、「皿そば」で非常に有名らしい。そうと知らず、昼ごはんをたっぷり食べた直後に向かってしまったのは、致命的なミスであった。

加藤さん

観光協会の前をウロウロしていると、声をかけてくださった加藤さん。加藤さんのお話(+WEBリサーチ)によると、出石は但馬国(今の兵庫県北部)の国衙(律令制において国司がいたところ、つまり国都)があったらしい。下って室町時代には、当時栄えに栄えた「山名一族」の本拠地であった。戦国時代の幕を開いた応仁の乱の西軍の大将、山名宗全のご先祖ですね。

栄華を誇った山名氏も、戦国時代終盤に秀吉によって滅ぼされ、その後は大名がちょこちょこ入れ替わり、江戸中期の1706年、信州上田(今の長野県上田市)から仙石政明という切れ者がやってきた。この仙石氏、実は現代の出石に極めて多大な影響を及ぼした人物なのである。

出石の町並みと「出石皿そば」

いったんその話はおいておくと、その後、幕末の頃には桂小五郎をかくまったり色々あって(今でもまちのそこかしこに「桂小五郎をかくまった碑」が散見される)、明治初頭に大火があり、出石はほとんど全焼した。ということで、この重伝建地区の建造物は全てそれ以降の建物です。

出石

中心部は、かなり観光地化している模様。おみやげ屋が賑やかに立ち並ぶ。付近の観光地に出向いたツアーバスが立ち寄り、皿そばを食べるスポットになっているそう。

出石

ちょっと脇に入ると、落ち着いた町並みがみられる。そして、そこかしこに皿そば屋。出石は皿そばをかなり大々的にプロモーションしていて、食べ歩きマップもあるし、3店食べ歩き用の永楽通宝なんてのもあった。私たちは「さすがに3軒ハシゴは無理だね・・」と諦めてしまったけれど、出石を訪問される方はぜひお試しいただきたい。(直前の食事を抜くくらいの準備が望ましい)

kintyaku

写真:出石皿そば巡り 観光協会

出石皿そば巡り巾着セット(1,680円)をお買い求めください。巾着に永楽通宝が3枚入っています。永楽通宝1枚で出石皿そば一人前(3皿)のお食事ができます。
このセットはで、3件のそば店で出石皿そばをお食事いただけます。セットの巾着は なめらかで絹の風合いが美しい出石の特産品『出石ちりめん』を使用しております。その格調のある繊柄は、 日本の伝統工芸品にふさわしいものです。 出石皿そば巡りの後には、オシャレな小物入れとしてご利用いただけます。
観光協会

出石 よしむら

「出石皿そば」の素敵なビジネスモデル

全然おなかすいていないけれど、せっかくだから1軒だけ試そうか、、と「よしむら」へ。お店選びには、NAVERまとめ「関西屈指のそば処”出石皿そば”のまとめ」なんかが参考になるかもしれない。

さらそば

これが「皿そば」。出石焼の小皿にのった蕎麦がたくさん運ばれてくる。(1)わんこそばの様に小分けして出てくる、(2)出石焼を使用している、(3)卵、ねぎ、わさび、とろろ、大根おろしなど薬味が豊富、というのが出石皿そばの構成要素であるらしい。なお、一人前は小皿5枚。軽く食べられる量である。やっぱり永楽通宝を購入すべきだったとちょっと後悔。

では、なぜ出石でこれほどに「そば」が有名になったのか。もうお分かりであろう、信州上田からやってきた仙石氏の仕業である。産業振興を考えたのか、どうしても故郷の美味い蕎麦が食べたくて仕方なかったのか(おそらく後者であろう)、仙石氏は出石の城下町に蕎麦を持ち込み、流行らせた。彼はやり手だったらしく、同時に白磁の鉱脈を活かし、伊万里焼の陶工を招聘して「出石焼」を振興した。

出石の陶石

こちらが出石の運命を変えた陶石。

現在の出石皿そばのスタイルが確立したのは、1960年前後であると言われる。その由来は、「屋台で供される際に持ち運びが便利な手塩皿(てしょうざら)に蕎麦を盛って提供したことに始まる」と言われるそうだが、この皿そばシステムは地域ぐるみの優れたビジネスモデルであるといえるだろう。

大体、1人前5皿程度食べたところで、まったく腹が満たされない。せいぜい3分目である。「わざわざ出石まで来たからには」と、みなさん3軒くらいはハシゴされることだろう。みんなハッピーである。

そして、各店舗必ず相当数の出石焼の小皿をもちいるため、伝統産業が守られることになる。小さな焼き物の小皿である。バンバン割れるに違いない。結果として、人口12,000人の地区に、40店舗以上の蕎麦屋が林立するという素敵な場が生まれる。さすが仙石氏の城下町の末裔だ。

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腹がいっぱいになれば、人は散歩する。血液を胃腸に奪われ朦朧としながら桂小五郎の隠れ家をめぐるのも一興である。写真は修復が終わった直後であろう、新品っぽい伝統的建造物。

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まちのはずれには、粋な土壁が残る酒蔵も残っている。

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出石城は、石垣のみ残っている。

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お腹を抱えながら登ると、そこからは出石の町並みが一望できる。ひと通りあるけば、皿そば第2ラウンドが待っている。


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