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倉吉歴史講談

DAY59-1 重伝建・鳥取県倉吉市 「歴史講談」で味わう淀屋百年の計と白壁土蔵のまちなみ


鳥取県倉吉市、打吹玉川(うつぶきたまがわ)。赤瓦と白壁土蔵で知られるこの地区は、1998年に「商家町」として重伝建に指定された。この倉吉地区、108ある(2014年11月時点)重伝建の中でも、かなり楽しめる重伝建のひとつである。以下、ダイジェストでその魅力をお伝えします。

打吹玉川

写真:玉川沿いの東西に広がる重伝建地区の地図。

資産100兆円、スーパー豪商「淀屋」

倉吉と言えば赤瓦や白壁土蔵が有名とのこと。

倉吉

重厚な商家に赤瓦がいい感じ。南総里見八犬伝(当時100冊以上の超長編小説だった)ゆかりの地としても知られているらしいが、俄然「淀屋」の話が面白かった。

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淀屋(よどや)とは、江戸時代の大坂で繁栄を極めた豪商である。全国の米相場の基準となる米市を設立し、大坂が「天下の台所」と呼ばれる商都へ発展する事に大きく寄与した。
-wikipedia:淀屋

どれくらい繁栄を極めたか。ちょっと想像もつかないレベルだ。幕府に目をつけられ「闕所(けっしょ)」、つまり取り潰された際の財産は、なんと「100兆円」を超えていたと言う。

10兆円(2014年のビル・ゲイツ氏の総資産が約8兆円)も資産があれば世界一の資産家と呼ばれる世の中で、軽くその10倍である。どれほどの資産を蓄えていたものか想像もつかない。(とはいえ、当時の日本のGDP自体が3兆円程度だったという説もある。とにかく超分限者だったということ。)

財産は、金12万両、銀12万5000貫(小判に換算して約214万両)、北浜の家屋1万坪と土地2万坪、その他材木、船舶、多数の美術工芸品などという記録が有る。また諸大名へ貸し付けていた金額は銀1億貫(膨大に膨れ上がった利子によるものであるが、現代の金額に換算しておよそ100兆円)にも上った。
-wikipedia:淀屋

大阪から倉吉へ逃れた牧田仁右衛門

こんな調子なので、幕府にさんざん嫌がらせを受けた後に、五代・淀屋廣當(こうとう・しげまさ)の時代に闕所となってしまった。1705年のことだ。しかし、闕所が避けられないと気づいていた淀屋は、当時の番頭であった牧田仁右衛門に実の娘を託し、倉吉に派遣した。闕所の35年前、4代目重當(しげとう)の頃である。

淀屋は仁右衛門に、守るべき約束を3つ与えた。(1)主家の血を絶やさない、(2)いつか大坂に旗を掲げる、(3)目立たない。仁右衛門は出身地である倉吉で淀屋(二代目から淀屋を名乗るようになったそう)の暖簾を守り続けた。

淀屋橋

写真:淀屋が架けた大阪淀屋橋(wikipedia)

地域産業の興隆に一役買い、着実に財を蓄え続けた倉吉淀屋。闕所事件から58年後(暖簾分けから数えると93年後)の1763年、4代目牧田五郎右衛門は元の大阪の土地を買い戻し、堂々と淀屋清兵衛を名乗るようになった。

ちなみに倉吉淀屋は、江戸時代にあるスーパーヒットを飛ばしている。それが倉吉産の「千歯こき」である。

千歯こき

脱穀に使う千歯こきは、もともと竹など木製であった。耐久性に問題があったこの木製千歯こきの欠点を克服したのが、歯の部分を鉄製にした倉吉の「千歯こき」だ。倉吉淀屋は製造販売に精を出した。これが安政年間(1772-1780)のことだ。

これほどの隆盛を誇った後期淀屋であるが、現代では影すらない。幕末の機運高まる1859年、淀屋は突然に大坂と倉吉の店を閉じ、全ての資金を朝廷に寄付して表舞台から消えた。江戸時代の商家や代官の子孫がひっそり資産家として息づいている日本において、淀屋の行動は商人としては異様だ。幕府への「仇討ち」にかける強烈な執念を感じるが、その去り際は、どこか爽やかである。

倉吉の歴史を満喫できる迫力の「歴史講談」

あまりに淀屋について書きすぎてしまったけれど、それもこれも重伝建地区内の「豊田家住宅」で開催されている歴史講談のおかけだ。

ふらっと訪れた豊田家住宅内で見つけた「講談」の看板をみて、「2人だけなんですけど、大丈夫ですか・・」と遠慮がちにお願いした講談だったけれど、めちゃくちゃ大迫力で面白かった。「これでも食べながら楽しんでください」といただいたセンベイを食べる余裕がないくらい。

倉吉歴史講談

毎日、豊田家住宅にて歴史講談を行います。
皆様のお越しをお待ちしております。
日 時 : 毎日 10:00~16:00(受付15:30まで)
場 所 : 豊田家住宅(国有形文化財)
木戸銭 : 500円
講 談 : 倉吉談語の会 脇坂 幸司
-倉吉観光情報

上記の通り、この歴史講談は毎日開催されている。演目も私たちが聞いた『淀屋の光と影』だけでなく、『たまゆらの人生、里見安房守忠義』などなど、倉吉にちなんだ色んなお話があるので、是非足を運んでみていただきたい。

土地の歴史がわかると、その土地を歩くのがぐっと面白くなる。講談は投資が少なく(手間はかかるけど)できる取り組みでもあるし、色んなところに広がってほしい。

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写真:講談後、豊田家住宅も案内していただいた。

東郷平八郎ゆかりの「元帥酒蔵」

知り合いの親戚が倉吉で酒蔵を営んでいるということで、その酒蔵「元帥酒造」を訪問。

元帥酒造

当初は「旭正宗」という名称だったそうだが、大正天皇の山陰行啓に随行した東郷平八郎が気に入ったことから「元帥」と名を変えたそう。

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ラベルも東郷平八郎元帥。

倉吉里見時代行列

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赤瓦をのっけた大きな商家が立ち並ぶ打吹玉川のまちなみ。あまりお祭りに出くわさない私たちだが、今回は「倉吉里見時代行列」なるものに遭遇。

倉吉里見時代行列

鳥取県知事夫妻も参加されていた模様。

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ワンコも武装していた。

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伝統的な江戸商家あり、昭和的な風景もある見どころたくさんの打吹玉川。さくっと蕎麦を食べて北上し、次なる重伝建・大山町所子に向かった。


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