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脇町劇場・オデオン座

DAY66 重伝建・美馬市脇町南町 うだつがあがる町並みと江戸商人の投資の思わぬ果実


うだつ(卯建)。重伝建巡りをしていると幾度と無く遭遇するワードである。うだつと聞いて何が何だかよくわからない、という人でも「うだつがあがらない」という表現としては、一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。

こんなマニアックなブログをご覧の方には、釈迦に説法かも知れないが、うだつとは「日本家屋の屋根に取り付けられる小柱、防火壁、装飾。本来は梲と書き、室町以降は卯建・宇立などの字が当てられた。wikipedia:うだつ」。 IMG_6052 写真の家屋の両端、1階部分と屋根をつなぐように突き立っているのが「うだつ」。 IMG_6047 拡大した写真。爽やかな青空にうだつが映える。このうだつ、古い街道沿いによくみられ、西日本だけでなく、美濃・滋賀、遠くは東北にも散見されるという。 「これに一体、何の意味があるのか?」と言うと、元々は延焼を防ぐための防火壁であったらしい。とはいえ、写真のうだつはどうみても防火に役立ちそうにない。横の家がぼーぼー燃えていたら、うだつそっちのけで焼けうつってしまいそうだ。 IMG_6045

写真:いかにも防火の役には立たなそう

では何だったかというと、うだつは「装飾」だったという。これをわざわざ立てるには、それなりの財力が必要であった。ゆえに、財力のある商家が競って屋根にうだつを上げまくった。だから、いまいちパッとしないことを、「うだつがあがらない」と表現するようになった。 確かにちょっと優雅な感じがしないでもないが、どうして防火壁を装飾的にしてしまったのだろう。防火壁としての役に立たなかったのだろうか。それでも、防火壁ならばどれほど豪華絢爛にしてもお上に罰せられないとか、そういった事情があったのだろうか。うだつの社会的意義が変化した江戸中期に何があったかは、謎に包まれている。(知ってる方、ぜひ教えて下さい。) IMG_6048 さて、私たちがいるのは徳島県美馬市は「脇町南町」。1988年に「商家町」として重伝建指定を受けた老舗重伝建地区である。 IMG_6035 ここは、以前に訪れた「美濃市美濃町」と同様、うだつを前面に押し出している脇町南。 udatu

画像:うだつまる 美馬市観光協会

当然というべきか、ゆるキャラも「うだつまる」、ご覧のとおりの風貌。(ちなみに美濃のゆるキャラも「うだつくん」である・・) IMG_6073 とにかくうだつである。脇町と美濃町をまわれば、ある程度うだつ博士になれそうなほどだ。知らなければさほど注目しないかもしれないうだつにこれほどまで注目を集め、観光客を集める現代人の手腕はなかなかである。江戸後期の商人たちも、その所業が300年後にまで注目されるとは思わなかったであろう。まちづくりにも資しているし、財を投下した甲斐があるというものだ。 IMG_2060 ついでにうだつ豆知識を書いておくと、上の写真のように屋根全体を通して走るうだつを「本うだつ」という。これは岐阜県美濃市美濃町で撮影したものである。これに対して、1階と屋根をつなぐように立つ美馬のうだつを「袖うだつ」と呼ぶ。

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写真:有松宿服部邸 名古屋市WEBサイト

袖うだつのほうが装飾性が高いように思えるが、上の写真のように、本うだつにも異様な迫力をもつ逸品があり捨てがたい。

なお、脇町南からほど近い、つるぎ町貞光には、二層うだつ(二重うだつ)と呼ばれるスペシャルなうだつも存在する。

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写真:貞光の二層うだつ 徳島県

うだつに魅せられた方は、ぜひ足を伸ばしてはいかがだろうか。

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さて、うだつについてばっかり書いてしまったけれど、脇町南にはひと休憩するにオススメなカフェや、ちょっと足を伸ばしてみたくなるスポットがいくつかある。そのひとつが「フナトト」。築120年を超える古民家を改装した「産直と道具と喫茶」のお店だ。 IMG_6099 快適な店内はずっといられそうな気がする。私たちが訪問した時は、色んな芋を販売していた。

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そこからさらに少し足を伸ばして、町のはずれまで行くと、川べりにインパクトのある建物「オデオン座」がみえる。

パリのオデオン座にあやかったオデオン座(あるいはオデヲン座とも)は日本にいくつかあるが、ここ脇町のオデオン座(脇町劇場)は、1933年に町内の事業者が集まって建てた地域の劇場。戦後、取り壊される予定だったところ、山田洋次監督がロケ地として使用したことで、指定文化財としての保存が決定したという。現存するオデオン座は、昭和初期の創建時の姿に修復されたものだ。

私たちが訪問した際は、地元の高校生が演劇に使うということで、見学できなかった。はずだったのだが、係の方の「ちょとのぞいてもらって大丈夫ですよ」という好意により、お邪魔させていただいた。

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リハーサルのまっ最中。体育館も悪くないけれど、こんな趣きのある舞台に立てるとしたら、自身や地域に、誇りが持てるのではないかと思う。そういえば、脇町を歩いていたら、映画を自主制作している高校生たちもいた。

この一ヶ月後に訪れた宮崎県のある町で「故郷の山に立つ鉄塔より、お城を見て育つほうが、子どもたちは誇りを持てる」という趣旨のことを聞いた。

古い町並みを守るということは、単に景観を維持し継承していくというだけのことではないし、ましてや「観光のため」などではない。脇町の町並みや、オデオン座がなかったら、地元の高校生の暮らし、ひいてはこの地域の空気はどう変わっていたか。

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そんなことを考えつつ、うだつ的要素が現代的看板・効率主義とドッキングした近隣のスーパーに寄った。ここでの目的は、「ぶどう饅頭」を購入することである。

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結論としては、とんでもない味だった。一粒たりとも完食することができずに敗退。

IMG_6096

脇町南を後にして、桃源郷と言われた秘境・祖谷へ。


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