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DAY67 重伝建・三好市東祖谷落合 秘境の山里・祖谷渓はすでに残像か


美しき日本の残像を求めて

祖谷(いや)。今回の日本一周の中でも、最も訪問を楽しみにしていた地域のひとつである。大学生の頃、アレックス・カー氏の『美しき日本の残像』を読んで、破壊され尽くした日本の景色・町並みをケチョンケチョンに酷評する著者に共感するとともに、彼が初期に移住した「祖谷」なるところは、どんなに美しいところなのだろう、と思った。よほどの桃源郷的世界が広がっているのではないかと思い込んでいた。実際に訪問してみての感想はといえば、それはちょっと幻想だったといえる。

桃源郷への道はとてつもなくけわしかった

我々は美馬市のうだつ天国から、ちょいと寄り道して祖谷に向かったため、つるぎ町は一宇村(いちうそん)を通ることとなった。これが圧倒的な狭路なのである。魏呉蜀三国時代、蜀へ向かう劉備一行の気分になれる。それくらい(日本の中で、結構交通量のある道としては)相当なドライバーズ・キラーな道。奈良県吉野町の悪夢を彷彿とさせる。

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美馬の西方から、一宇村を経て、剣山(四国第2の高峰・1,955m)までを縦断する道がその酷道。

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ちなみに、一宇村は「巨樹王国」として売り出しているそうで、ちょっと頑張れば(小型車でまわることを推奨します!)、色んな巨樹に出会うことができる。

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すれ違いに随分神経を使う上に、地味に交通量が多いため、祖谷付近についたころにはややぐったり。写真のような感じで、容赦なく車が通ります。それでも2車線に拡幅できないほど、四国中心部である、このあたりの谷は険しい。

穴場、奥祖谷の「かずら橋」

祖谷は東祖谷と西祖谷に分かれている。そもそも、2006年以前は「東祖谷山村」と「西祖谷山村」に分かれていた。このうち、観光地として知られているのが「西祖谷」で、重伝建地区や「ちいおり」がある桃源郷ゾーンは「東祖谷」だ。我々は剣山麓、つまり東から祖谷にはいった。

少し走ると、「かずら橋」なるものを見つけた。日が暮れかけているけれど、わたらない訳にはいかない。なんでも、祖谷にはかつて13のかずら橋が架けられ、平家の落人が行き来していたというが、現存するのは西祖谷と東祖谷に1つずつ、計2つのみ。東祖谷のかずら橋は、「二重かずら橋」といって、行きも帰りもかずら橋を通ることができるのが特色だそう。ちなみに足元のこの川は、四国三郎吉野川。

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十津川の大吊り橋同様、腰がひけまくっている旅人。

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足元はこんな感じなので、ちょっと無理もないのかもしれない。

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かずら橋の横に、謎の乗り物を発見。これは「野猿」というもので、実際にこういったものをつかって川を行き来していたらしい。その姿が猿に似ているということで、このネーミングになったそう。

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重伝建指定地区・東祖谷山村落合集落

日が落ちそうな中、重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)の「東祖谷山村・落合」の集落へ。ここは地図を見ても、WEBで調べてもいまひとつ情報がなく、到達するのが難しい。ようやく立て看板を見つけても、どこがその集落なのか、よく分からない。

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分からないままに走って行くと、集落に出た。谷沿いではなく、山の斜面にぐねぐねと道が走り、家々が立ち並ぶ。ふつうの山村とは異なる風景が広がるが、民家そのものはトタン屋根に覆われた旧茅葺屋根が多く、重伝建地区らしさはあまりない。

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そんな中、最近修復したようなきれいめの古民家が二棟並んでいた。これが、東祖谷の宿泊用古民家かな・・?と思ったけれど、そこはさすが、看板などを置いていないため、確証はない。

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この日は暗くなってしまったので(本当に暗かった)、晩御飯。もちろん開いているお店などないので、ラーメンをすすって就寝。

ものすごく観光地化された西祖谷の「かずら橋」

二日目は、西祖谷のかずら橋の近くからスタート。

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これが、かずら橋を訪問する観光客用の、巨大立体駐車場。吉野川べりに突如として表れる鉄筋建造物は、桃源郷・祖谷のイメージを軽く吹き飛ばす迫力である。奥の斜面にへばりつく集落のコントラストは、アレックス・カー氏の著作『犬と鬼』の表紙を思わせるものがある。

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画像:『犬と鬼』(講談社2002)

休日には、この駐車場が満員になるほどかずら橋は混むという。個人的には、そこまで混むことはないらしい、奥祖谷の二重かずら橋の方をおすすめしたい。

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篪庵(ちいおり)と木村家住宅

この日は、篪庵(ちいおり)のある集落へ。篪庵とは、アレックス・カー氏が祖谷に移り住んだ際の住まいのこと。カー氏が祖谷を離れた現在では、古民家を活用した宿泊施設となっており、全国のそうした施設の先駆けとして知られている。その名の由来は以下のとおり。

「篪(ち)」は竹の笛という意味を持つ古い漢字そして「庵(いおり)」は草屋根の小屋を意味する。カー氏がフルートを吹くことから「笛の家」という意味で付けられた。
大歩危・祖谷観光NAVI

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お客さんがいらっしゃるかもしれず、あまり近づかなかったけれど、そこだけ周囲から隔絶されたかのような、きれいな茅葺き古民家だった。

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次に訪れたのが、ここ「木村家住宅」。祖谷最古(元禄12年-1699年!)だというこちらのお宅、なんとカフェもやっているということでお邪魔してみた。

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縁側に設置してある太鼓を叩いて、訪問の意を告げるという粋な設計。

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ちいおりに負けない立派な茅葺き。

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中では、愛知県から嫁いでこられたという奥様にお話をうかがった。古民家、そして茅葺屋根を維持することの大変さや、木村家住宅の歴史などうかがったが、中でもインパクトがあったのは「今では、この地区にも茅葺き古民家は数えるくらいになってしまってね。でも、いずれは集落全部、元の茅葺きに戻せるような日がくるとおもっているし、そうしたいんです」というお言葉。最古の家に、こんな志を持った方がいるとは、何十年後かの再訪問が楽しみである。

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祖谷の未来について聞きつつ、お茶と、お手製のまんじゅうをいただいた。おいしい!

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それからも、ちらほらと集落をまわり、ほとんどがトタン屋根になっていることなどを確認しつつ、次の目的である徳島県は神山町へと向かった。しかし、この時まだわれわれは行く道のとてつもない険しさをしらない。

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祖谷から神山までの道すがら、何度この看板と出会い、そのたび遠大な迂回を迫られたことか・・四国山中をドライブする際は、道路情報にご注意ください。(こ)

 


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