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喜界島

DAY98 美しい村連合・鹿児島県 喜界島【前編】ノロ信仰、風葬、数々の民話、分断政治…隆起珊瑚でできた島で極上民俗ツアーを楽しむ


喜界島は奄美群島のうちのひとつ。鹿児島からはフェリーか飛行機の2ルートがある。しかし、今年は10月に入ってから季節外れの台風18号、19号が九州を直撃したため、どちらも欠航が相次ぎ、あきらめかけた3回目のトライでようやくたどり着いた。

喜界島アクセス(出典:喜界島物産境界website

鹿児島から夜行フェリーで約12時間。しかも、夕方5時頃出航し、到着も朝5時過ぎという、なんとも間の悪い時間の便で、揺れる船の中、やっと眠りにつけたと思うが早いか、まだ暗い早朝に叩き起こされる。

 花良治おもてなしハウスへ

朝5:30喜界島の湾港到着。夜明け前だったが、伊藤さんが私たちを出迎えてくださった。伊藤さんは、今回宿泊させてもらった花良治(けらじ)おもてなしハウスの運営代表を勤められており、台風での度重なる予定変更にも柔軟に対応していただいていた。花良治集落は空港から車で15分程はなれた小さな集落だ。人口減少に伴い、空き家が増加(集落の半分近くが常時住んでいない状況とか)。集落でなんとかしようと考案されたのが、空き家を一棟貸しのゲストハウスとして活用するという案だった。

花良治集落

ほとんどセルフリノベーションで床の張り替えや外壁のペンキ塗りをこなし、集落で協同管理している。このゲストハウスをきっかけに、掃除していると近所のおばさんが手伝ってくれたり、差し入れをくれたり、なくなりかけていたご近所同士のコミュニケーションが少しづつ生まれているという。お布団のセットと、自炊できるだけの鍋・食器類が揃っており洗濯機や物干し竿もある。花良治集落の家々に紛れ込んで、しばらくのんびり島暮らしを楽しむには、ホテルなんかよりずっとよさそうだ。

花良治ハウス

空港でレンタルバイクを借りる
台風直後で電線が切れたり、色々と被害が出たそうで、島に5、6社もあるレンタカー会社に片っ端から電話したが、全て出払ってしまっていた。仕方なく、空港で借りられるレンタルバイクを利用することに。島の外周は約40kmでそんなに大きくないし、車よりも直に島の風が感じられて、むしろバイクを選んで正解だったかもしれない。モーターサイクルダイアリーズ気分だ。

焼きたてパン@ふくり
レンタルバイクの手続きをとるため空港の売店が開くのを待っている間、近くのスーパー「ふくり」で朝ご飯を購入。焼きたてパンが食べられるとパンフレットに書いてあったのだが「焼きたてパン」という名称の冷めたふつうの菓子パンだった。まあ、嘘ではないけれど…。空港前でパンをかじりながら、レンタルバイクの窓口である売店がオープンするのを待っていると、島の方が「観光ですか?」と声をかけてくれた。

喜界島空港にて

なんと、声をかけてくださった平原さんはOFFICA TAKUZOという会社を立ち上げており、喜界島のガイドブックも作成されているという!以前から離島好きで世界中を回って来たが、喜界島に惚れ込んで神奈川から移住されてきたそうだ。といっても喜界島の魅力を知ってもらうべく、首都圏からの観光客向けにツアーの企画等、いったりきたりの生活のご様子。統計では知らないけれど、肌感覚として年間観光客数は300人~400人程度しかいないとのこと。喜界島の魅力について伺ったところ「素晴らしい海と自然」に加え、「純粋な田舎っぽさがところが残っているところ」とおっしゃっていた。その時点で、まだその回答に納得がいっていなかったものの、島を離れる頃には、私たちもその意味を深く実感して帰ることとなった。


役所の方とおもてなしハウスへ
レンタルバイクが無事調達できたところで、伊藤さんの取り計らいにより、役所の豊島さん実田さんとお会いすることができた。役所の方も、まだできたての花良治ハウスに行ったことがないとのことで、ご案内することに。途中、道路でなぜか確保された合鴨を、引き取って放つという、自然と共存する喜界島の自治体職員さんならではのお仕事(?)を垣間みることができた。

合鴨を放つ光景
喜界島の加藤町長は絶対に観光開発をやらないという主義で、それより島の自然と特性を生かした地場産業を振興することに注力されている方という。その加藤町長が美しい村連合の思想に共感し、もっと島民が島のことを誇れるような島にしたいとの想いから加盟を決めたそうだ。美しい村の認定ポイントは、「隆起サンゴの豊かな自然と農業景観」と「阿伝集落のサンゴの石垣」である。加盟前の審査では、数少ないAランク評価での認定となったそうだ。

豊島さん実田さんと
民俗資料館 得本さんのご案内
さっそくバイクに乗って、次に訪れたのは、空港からほど近い、民族資料館の得本さん。島の歴史について知りたいなら、ということで平原さんに紹介していただいたのだ。島の宝とも言うべき人物のひとりだと思う。喜界島の歴史・風俗を本当によくご存知な上に、とても大切に思っている。そんな得本さんにお願いして館内を案内してもらった。

サトウキビ搾り機
1階ロビーにある喜界馬の剥製から民俗ツアーをスタートをし本当に色々なことを教えてもらったが、特に興味深かったのが、ノロ・ユタ信仰といった宗教の話。ノロはいわゆる神主さんのような、祭祀を取り仕切る役で、ユタはどちらかというと、神のお告げを聞き伝えるシャーマンのような役割。ノロはノロを輩出する一族があり、ユタは精神的に障害を持った人や大病を患った人がつとめてきたそうだ。また、もっとも驚いたのが昭和30年代くらいまで残っていたという、風葬の習慣。亡くなったら、洞穴のような横穴式の墓穴に死体を寝かせ、風化して白骨化したところで海で綺麗に洗い流して埋葬したという。

ユタ信仰
歴史に興味があろうとなかろうと、喜界島にいったら、民俗資料館に立ち寄らなければ損である。島の文化を学んだ上で島を散策すると、なんだか景色も違って見えるようで、ただの観光とは違った魅力を味わうことができる気がする。


喜界島酒造訪問
次に訪問したのは喜界島酒造。「くろちゅう」が代表銘柄の黒糖焼酎を製造している会社だ。ここでは、代表の上園田(かみそのだ)さんにお話を伺うことがきた。大阪生まれで、日本を点々とした後、島でお父様の事業を次がれた上園田さん。学生の頃には自転車で日本各地を走り回っていたという、その経験も手伝ってか視野が非常に広く、前向きな方だった。

喜界島酒造

黒糖焼酎について
「黒糖焼酎」の定義は「黒糖」と「米麹」を使って醸造していること。奄美群島で製造されたものだけが、その名を名乗ることができるとう、「地理的表示」によって保護された地域の名産品だ(地理的表示については球磨村の球磨焼酎を参照)。黒糖という二次加工物を原料にした焼酎は世界的にも珍しい。作り方は、焼酎というよりはラム酒に似ている。そのためか、焼酎好きの中でもツウ好みのものとして知られているそう。

喜界島酒造
しかし、地理的表示がやや裏目に出たかたちで、製造が奄美群島の27蔵にしか許可されていないため、安定した出荷が課題となり、芋や米焼酎のように広く出回らないのが課題とのこと。安定供給とかいわずに、あるときにはあって、ラッキー!みたいな、楽しみ方をできないものかな〜それもひいては消費者のわたしたちの余裕のなさが生み出しているもの、と思うと、日常的に行動を変えて行くこともできそうな気がしませんか。

黒糖焼酎
西山公園から見る隆起珊瑚
一通り工場の案内をしてくださった後、台風被害の対応で忙しいにも関わらず、上園田さんは私たちを車に乗せて、島の案内までしてくださった。まず向かったのが、西山公園。「喜界島は珊瑚が隆起してできた島で、年平均2mmという世界で2番目に速いスピードで隆起しています」、という説明を読んでもピンとこなかったが、西山公園に立ってぐるりと見渡せば、それが実感できる。

西山公園から
島は常にちょっとづつ持ち上がっているというよりは、一時期にもこっと盛り上がって、その上に台地をつくり、またもこっと盛り上がるというプロセスが4回ほど起こってできたようで、4段の段々になっている。西山公園はその2段目の平地の上にある。後ろを振り返ると、3番、4番目の隆起の坂道(崖?)が見える。下から見て山だと思っていた場所の上には、平地が広がっているという、とても面白い地形だ。

花良治集落
上から見ると、広がるサトウキビ畑にひとつ またひとつと集落が点在する様子がよくわかる。この集落の形態は、なんでも江戸時代、薩摩藩がこの島を支配していた頃に、少ない人数でも統治しやすいよう集落間の行き来を制限した分断政治を行い、島民が一致団結して反抗してこないようにしたことと関係が深いらしい。微妙に集落毎のお祭りや埋葬の風習も少しずつ違うようで、島の方が複数人いるところで質問をすると、答えが各々違って、その違いに島民の方の方が驚いたりしておもしろかった。

百の台とムチャカナの碑
島の最高点近くにあるのが百の台。展望台があり、この先は断崖絶壁になっている。

百の台
そして、ムチャカナ公園。ここからも海が綺麗に見渡せる。ここはムチャカナという美しい娘が他の女の子の嫉妬をかって、突き落とされたという悲しい逸話が残る場所。(ちなみに、島には未だ多くの昔話が残っており、こちらのページで名所と合わせてお話を読むことができる。昔話で見る限り、島の人は相当性格悪く描かれているが、実際そんなことは全くないのでご安心を。笑)

ムチャカナの碑
崖を少し降りた茂みの中に、ムチャカナ自身ではないが、その一族が守ってきたというお墓があった。得本さんから説明を受けた、風葬の墓だ。墓碑の裏に、小さな横穴があり、柵とトタンが立てられていた。少し覗けば、そのに白骨が見えると聞いた。

プチ民俗ツアーby得本さん
上園田さんに御礼を言って、再度、民俗資料館へ。私たちが、あまりにもしつこく色々質問したからだろうか、得本さんから、仕事が終わった後に、周辺の集落の説明をしてくださるという有り難いお申し出があったからだ。上園田さんといい、得本さんといい、この島の人は、なんて外から来た人に親切なのだろう。フクギ
まず向かったのが、福木(フクギ)の巨木のあるお庭。フクギは根を深くまっすぐはり強いことから、琉球・奄美では触ると福が来る木として、格式の高い家でしか 植えることができなかった木だそう。この木が植えられていたお家は、恐らく以前はノロを輩出してきた家なのではないか、と考えられている。成長スピードが遅いので、この大きさでも樹齢 300年はいっているとか。300年間、どんな風景を見てきたんだろう。

トトロのトンネル
つづいて池治集落へ。ちょうど得本さんの娘さんのハナコさんも帰省しているタイミングだったので、「お前も子供の頃行ったことがあるだろう!」なんて言いながら一緒に散策。ハナコさん命名のトトロの茂みは、どうやら管理の行き届かなくなってしまったお家のガジュマルの茂みのよう。台風の被害の大きい喜界島では、ガジュマルの木を防風林として石垣で囲ったお庭の中に植えているところが多い。

石垣
その後も、風葬が行われていたというお墓や、ウリガー と呼ばれる横穴式(というか斜め?)の井戸に案内してもらった。暗くなってしまったため写真が撮れなかったので写真でお伝えできないのが残念。とにかく、現在島の人が 住んでいるすぐ隣に、縄文時代からの遺構が隣り合わせになっている。小さな島の中では宅地の大開発が行われるでもなく、きちんと歴史の中に自分の存在を確かめられるくらいのペースで、ゆったりと時代の変化を受け止めてきた結果、こうなったんだろう。日本各地を回り、歴史との連続性が感じられないどころか、過去を否定してきたような根無し草な景観が広がっている中、喜界島ではその当たり前の連続性が心地よかった。

得本さんと

花良治懇親会
日もどっぷり暮れてしまった。夜は伊藤さんが花良治集落のひととの懇親会を企画してくれていた。会場は集落の公民館。旅行中、色々な自治体のスローガンを目にして来た。暴力のない町とか、納税100%の町とか。しかし、ここへ来てアリモドキゾウムシ根絶…可愛い名前だけど、恐ろしいヤツなんだ、きっと。

花良治ポスター
花良治集落で管理しているおもてなしハウスについての意見交換会と題して開催されたのだが、むしろこちらから島の生活の話あれこれをお聞きする会になってしまった。参加してくださったのは、伊藤さんを始め、若いメンバー3人と、大先輩たちが2人。もちろん黒糖焼酎に花良治みかんを添えて。

花良治懇親会
花良治みかんはこの集落の名産品。喜界島には島みかんという緑のみかんが至る所になっていて、花良治みかんも見た目はそこまで大きく変わらない(少し小振りで皮が硬い)のだが、特に香りがよく高級品なのだそう。地元の伊豆で販売されているニューサマーオレンジを彷彿させる、さわやかな甘さで、すごくおいしい。なんでも、花良治みかんは、喜界島のなかでも花良治集落でしかこの味に育たないという。同じ珊瑚の隆起した地層でも、何か土の質が違うのではないかといわれているが、真相はまだ解明されていない。

花良治みかん
島には仕事がないから、高校を卒業したら島を出るのが当たり前。鹿児島か、大阪辺りの関西、そして首都圏に出る人が多いそうだ。それでも退職後は島に戻るUターン者が多いというのが不思議なところ。大先輩のお二人も引退して島に帰って来たそうで、なおさら昔と今の島の違いに敏感なのかもしれない。それに、島外で経験を積んで、改めて島のよさを認識したのかもしれない。それだけにお話は魅惑的だった。昔の喜界島はこんなにサトウキビ畑じゃなかったのだという。湧き水もたくさんあって、稲作もやっていたし、野菜の畑もあった。ヤギを買っている家も多く、なにかお祝い事があればヤギを一頭つぶしてご馳走となった。そんな暮らしがあったのだ。

くろちゅう

>>続きは【後編】


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