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野首教会

DAY108-109 美しい村連合・長崎県 小値賀町 静寂と青い海に包まれる無人島ステイと農家ステイ あいらんどツーリズムに学ぶ島


小値賀といえば、大学生の頃、ルームメイトだった先輩から真っ青な海の写真を見せてもらって依頼、ずっと気になっている島だった。その先輩と平戸まで小関哲さんを訪ねて、一緒に旅行したこともある。

野崎島
2007と2008年、国際的な教育NGO People to Peopleが世界48カ国で実施した修学旅行プログラムのうち、長崎県がホストしたプログラムが2年連続で満足度世界一を獲得した。小関さんは、そのときのプログラム・コーディネーターだ。アメリカの学生達が、平戸と小値賀町を中心に、民泊や地域の学校での異文化交流プログラム、無人島での自然体験、平和学習などを実施したというお話を聞いた。

その頃、私の関心はどちらかといえば国際協力の分野にあり、ローカルな価値についてピンときていた訳ではなかったが、それでもその話は、小関さんの少年のようなキラキラした瞳とともに、鮮明な記憶として残っていた。

小関さん(出典:おぢかの島日記

たまたま小値賀町が美しい村連合に加盟していてくれたお陰で、今回、図らずも念願の小値賀町を訪問する機会を得た。しかも、その世界一に輝いて以降も、どうやら小値賀町はその経験をしっかりと活かして、観光のまちづくりを続けているらしい。


アイランドツーリヅムについて

訪問前から、小値賀町の観光まちづくりの恩恵を受けることとなった。小値賀町では、おじかアイランドツーリズムという団体(通称IT、島の人にITといわれてもいわゆるITと勘違いしないように)が、ワンストップで訪問者に対する案内を行っている。↓このようなフォームに滞在の時間や、体験の要望等を簡単に記入して送信すると、滞在のプランを提案してくれる仕組みだ。

アイランドツーリズム画面(出典:おじかアイランドツーリズム

田舎を旅行しよう!と思い立っても、いかんせんまとまった情報が少ない。離島はなおさらで、特にフェリーの時刻や乗り方などは、慣れていないためか、故意にわかりにくくしているのではと疑うほど難解だ。調べているうちに面倒くさくなって諦める…。そこで、ITのコンシェルジュ的な役割の恩恵を受けた。メールのあと、電話で直接やりとりして、疑問点を解消しつつプランの微調整をして予約完了。入金すれば、民泊先の支払いも済ませておいてくれる。

今回は修学旅行(現在は国内の各地から受け入れているそう)最盛期に無理にお邪魔したこともあり、詳しくお話を伺うことはできなかったが、この仕組みはすごい!もっと多くの地域にもあったらいいのにと思う。お忙しい中、少しだけ、代表の高砂さんにご挨拶することができた。高砂さんも、元劇団員とあって、はつらつとして目力が強い!なんだろう、小関さんといい、高砂さんといい、この辺りの人は目のキラキラが特徴なのか…

小値賀港小値賀港。ITのオフィスは撮影し忘れてしまったけれど、フェリーターミナル内に位置しているある

小値賀島半周ライド
佐世保からフェリーで2時間半ほど。五島列島の北端にある小値賀町は人口約2,700人(2014年11月末現在by小値賀町website)、17の有人無人の島からなる。美しい村認定ポイントは、「野崎島と野首教会」「西海国立公園の景観と歴史」の2つ。野崎島に渡る前に、少し時間があったので、小値賀島の景観散策。島の外周は約20kmだが、なかなかアップダウンもあり、西側だけで2時間くらいかかってしまった。

小値賀アクセスマップ(出典:おぢか国際音楽祭

斑島のポットホール
まず、昔は信仰の対象だったと言う斑島(橋でつながっています)ポットホールを見物に。途中、小値賀牛と見られる牛を発見!正確にいうと、この島で育てられるのは子牛ばかりで、高級牛として神戸や松坂に出荷売られていくので、「小値賀牛」というブランドはない。確かに、こんなところでのびのび暮らしていれば、健康なよい子牛君になりそうだ。。。

小値賀牛
ポットホールとは、岩の割れ目に入った石が長い間波に現れて綺麗な玉の様に磨かれたもののこと。竜の目ともいわれるそうで、確かにそう見えなくもない。穴の深さは3m、石は直径50cmほど。

ポットホール
近くに、祠の中に置かれている玉を発見。小値賀島では旧石器時代の出土品もあるということなので、きっと古くから、人々はこの不思議な石に何か感じてきたのだろう。

ポットホール信仰

ポットホールの鳥居

五両ダキ
ダキといっても滝ではなくって、小値賀では崖のことを指すそうです。小値賀火山でできた島々で、これは、いくつもある噴火口のうちのひとつが、海水に浸食されてできたものだとか。

五両ダキ

柿の浜海水浴場
長崎鼻なるところに行こうと思ったのに、間違って辿りついてしまった柿の浜。小値賀で最も透明度が高いビーチな上、遠浅の白砂で、海の青が綺麗!

柿の浜
火山でぽこぽこっとできた島だからだろうか。ビーチに降りて行くのに、ものすごい急坂。さすがの電動自転車も降りなきゃもたない急坂多数。しかし見てください。あっちの岸に広がる草原は、スコットランドのハイランドを彷彿とさせるような、のびやかな景色。

電動自転車を押す...
姫の松原
由来は不明だが、江戸の初期頃からあるという、この姫の松原。450mに渡って、島のほぼ真ん中を南北に、まっすぐ突っ切っている。小値賀は暴風雨林として現在でも松を植林し続けているそうな。木漏れ日がゆらゆらして気持ちいいサイクリングコース。写真に収められなかったけれど、玄関前やお庭に、名物の「かんからもち」という、蒸したサツマイモでつくるお餅を干している様子も発見できたり、サイクリングでは車と違ってよりヒューマンな早さと目線で楽しめるよさがある。

姫の松原
ランチ@ふるさと
土曜日だったので、あまりチョイスがなく、ITの方におすすめしてもらった定食屋さん「ふるさと」へ。巨大なアジの塩焼きと小鉢のセットを注文。右上の小鉢の中の、お魚の煮物がすごくおいしくて、聞けば生節(なまぶし)というもので、鰹節の鞘のように固く乾燥するのではなく、薫製にしたもの。小値賀の名物らしい。できたら生節づくりの現場も見てみたかったなぁ。

ふるさと定食
野崎
小値賀島から野崎島へは、1日2往復フェリーがでている。フェリーの故障で、漁船にのせてもらうことに。野崎島が近づくと、船長さんが、双眼鏡を貸してくれて、「あれがオエイシだよ」と、島(というか、山)の中腹の大きな石を指差した。

漁船から
「王位石」とかいて「おえいし」と言うらしい。沖の神島神社という神社の裏に、石舞台古墳のような巨石が見える。2つの大岩の上に平たい岩が乗っかっているが、あの巨石を持ち上げるのは、クレーンだって大変だろう。人工のものなのか、天然のものなのか、未だに真相はよくわかっていないらしいが、古来より巨石信仰があったとされている。

王位石
現在は、ほぼほぼ無人島の野崎島。島には一時期650人程の住民がいたというが高度経済成長期の集団移住などで人口減少がはじまり、1990年代には無人となった。誰かが飼っていたのか、泳ぎ付いたのか。今では鹿が約500頭生息している鹿の王国となっているそうだ。船を降りると、さっそく鹿君がお出迎えに来てくれた。

野崎島鹿がお出迎え
この日は修学旅行生がいなかったため、船が行ってしまうと、島に残されたのは、私と彼と島の管理人さんのみ。無人島にたったの3人。こんなこと、そうそう人生で経験できない。

島に響き渡るのは、鹿の声と波の音だけ。静寂に包み込まれる。

野崎島
辺りは、人家があったと想像するのが難しいほど、自然にもどっている。同じ無人島でも、長崎の軍艦島とは異なり、木造の民家の集落だったためか、廃墟といってもなにも残らなかったのだろう。割れた瓦や茶碗のかけらが出土品のように雨ざらしになっているだけだった。

野崎島
大学生の頃、私が先輩に見せてもらった写真はここだったような気がする。混同していたけれど、あれはたぶん、小値賀島じゃなくって、野崎島だったんだろう。

野崎島
神社のような立派な建物も、つい最近まで持ちこたえたが、この前の台風でやられてしまったという。人口減少が進み、人が住まなくなった村や町は、こんな風に姿を消して行くのか…と、過去にいるような、未来にいるような不思議な気持ちになった。

神社

自然学塾村
宿泊施設の自然学塾村へ、ボチボチと細い一本道を歩いて行く。学塾村は、もともと廃校だった施設だ(写真を撮りわすれてしまったがこの写真の右手にある)。鹿が芝生を荒らしてしまわないよう、フェンスが張り巡らされており、動物園と反対になってしまっててなんだか滑稽。

学村塾
施設はアイランドツーリズム協会のメンバーで管理しており、宿泊の際は管理人として同行してくれる。私たちを担当してくれたのは前田さん。小値賀生まれの小値賀育ちで、元漁師とのこと!心強い、魚釣りの師匠あらわる^^

前田さんと
野首教会
学村塾のすぐ裏手にある野首教会(のくび)。江戸時代、迫害から逃れるために五島列島のキリシタンが隠れ住んだという歴史を持つこの島には、無人になった今でも十字架が所々に残っている。上五島の多くの島の人が、移住先として小値賀島を選ぶようだが、野崎島の人はもともとキリシタンも多かったという経緯からだろうか、集団で他に移住していったので、小値賀には殆ど出身者が残っていないという。

野首教会
当時住んでいた十数件の貧しい信徒達が資金を出し合って建てたものだという。質素だけれど、素敵な協会だ。中に入るとステンドグラスを通じて指し込む光がまたきれいだ。知らないと通り過ぎてしまうけれど、一番左の扉だけは空いているので、是非中をのぞいてほしい。

野首教会
いざ、魚釣り
夕方は、夕飯を狩るため、魚釣りへ。この時期ならハマチが釣れるかも、との触れ込みでワクワクしながら竿を構えたものの…投げども投げども一向に釣れず。魚の姿もさっぱり見えない。師匠も首を傾げる。しかし師匠もダメならあきらめもつく。無人島で、さぞかし魚もいるだろうと思ったのに、収穫0匹…。

魚釣り
無人島には、まさかスーパーマーケットやコンビニなんてないので、基本、食料は渡航前に買い込んで来る。久々に、大好物のカレーを、廃校の給食室で調理。食器も給食っぽくてなつかしい。

カレー
翌朝は、昨日船から見た王位石まで、野崎島トレッキング!と、張り切って途中まで進んだものの、雨と雷で中止となってしまった。今年の夏は雨が多すぎる。雨女の私は責任を感じざるを得ない…。

帰りの船から、島の北側の舟森集落が見えた。白い十字架が「さよなら」と言ってるみたいで少し悲しげだ。

船森集落

小値賀歴史民俗資料館
小値賀島へ帰って来てから、駆け足で小値賀歴史民俗資料館へ。元々小田家という、新田開発や酒造を営んだ一族のお屋敷だった建物とあって、門構えも非常に立派。ちょうど宮本常一さんが島で撮った写真の展覧会をやっているところだった。館内には、旧石器時代の出土品から焼酎の瓶まで、色んなものが置いてあり、時間があれば解説もしてもらえそうだ。

小田家

ホストファミリー
今回民泊させていただいたのは、小値賀島で畜産農家を営む濱元さんのおたく。ITの事務所前で待ち合わせて、おうちへ。まずは夕飯の魚釣りに(再)チャレンジ!

民泊
しかし、辛うじて釣れたのが、鯛一匹…。小値賀では夕方になると、わらわらと近所の方が釣りにやってくる。おもしろいのが、男性より女性の釣り人が多いこと!エプロンつけたまま、ちょっと出て来たような近所のおばちゃまたちだ。そんなベテランの彼女等も、今日ばかりは苦戦しているようで、ダメとわかると退散も素早い。どうやら潮目が悪いらしい。海士町で釣れたように、ガンガンつれるかな〜と楽しみにしてたのに、ついてない…。しかし、夕日はとても綺麗だった。船が、空に浮かんでいるみたいだ。

魚釣り
夕飯はてんこ盛りのお刺身をスライスするのと、手づくりのさつま揚げを揚げるのをお手伝い。お刺身は買うことはほとんどなく、それとなく近所の方にリクエストしてくるともらえるそうな。それから小値賀はすり身文化が発達(?)しており、スーパーに魚がすり身の状態で売っているのだそう。揚げたてのさつま揚げ(こっちの方では「天ぷら」と呼ぶのかな?)、おいしくていくつでも食べられます。

手伝い

ご馳走!
翌朝は牛舎へ連れて行ってもらった。だいたい25棟ほどの牛がいるだろうか。割合としてはお母さん牛と子牛が半々くらいだろうか。肥育用の子牛を育てるのが、この家畜農家の役割なので、当たり前だけれど、乳牛農家より子牛の数が多い。牛にも一頭一頭、正確や見た目の特徴があって、パッと見ただけでは全然わからないけれど、濱元さんは人間と同じように当然のごとくそれを識別している。

子牛たち
ここでは「元気で美しい子」を育てる。昔はこの小値賀島にも子牛のオークション会場があったそうだが、飼育数も減ってしまったため、今では平戸まで運んでいかなければならなくなってしまったそうだ。そうすると移動するだけでも大変だし、買い手に足元を見られてしまうこともあるのだとか。それでも、自分がその牛に認めた価値以下では絶対に売らないというポリシーだそうで「お前は売る気があるのか!」と怒鳴られたこともあるとか。

お父さん
それでも「やっぱり自分の育てた牛が、その後品評会で受賞するとうれしい」と、お父さん。ただ、買われて行った子牛は、その後高級牛として太らせる過程で、たくさん飼料を食べ、運動をあまりしない。人間の糖尿病の状態と同じような症状で、目が見えなくなってしまう場合が多いと聞いて、心が痛んだ。兵庫県の香美町で感じた、牛肉の質に対する評価のあり方への疑問を思い出す。

子牛

所感

最後に、小値賀島は東洋研究家のアレックス・カーさんがプロデュースした素敵な古民家ロッジやリノベレストランで有名で、ぜひそれに触れたいところだったが、古民家はなかなか高価だし、レストランはあいにくお休みで、残念ながらその願いはかなわなかった。アレックス・カー氏は、小値賀町の昭和の風情が残る町並みがたいそう気に入って、この島でのプロジェクトを決めたそうだが、けっこう新しく作り替えられている部分もあって、風情というほどのものか、ちょっと疑問は残った。

昭和の町並み
なにより勉強になったのがあいらんどツーリズムの役割の重要性。それから、濱元さんに
なぜ民泊に興味をもたれたのですか?忙しいのに、大変ではないですか?
とお聞きしたときの「う〜ん、頼まれちゃったからねえ。それに、忙しいけど、頑張れば少しでも家計の足しになるからね」という回答。

民泊は、ともすると受け入れ側のホスピタリティややりがいといった、経済的には測りにくいものによって辛うじて保たれており、地域の方の負担になっているのではないかと思っていたけれど、きちんとした管理のもとで、運営していれば、受け入れ側にもメリットが感じられる仕組みなだということは発見だった。もちろん、訪問側にとってはその地域の暮らしを丸ごと体験させてもらえるという貴重な機会だ。これがwin-winであるなら、今後、ぜひともITと民泊というセットがもっと多くの田舎町にひろがっていくといい。

 


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