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おばばのお話

DAY93 美しい村連合・宮崎県椎葉村 クニ子おばばと不思議の森へー大切ななにかを思い出せる場所


「クニ子おばばと不思議の森」というNHKスペシャルの番組を見て以来、いつかは訪問してみいと思っていた村、宮崎県 椎葉村(しいばそん)。宮崎県といっても、宮崎市から約3時間、限りなく熊本県に近い九州山地のど真ん中。気が遠くなるような山奥にある。人口約2,800の村で、なんとその半分以上の名字が「椎葉さん」。鮮度は平家の落人といい、多くの伝説や平家にちなんだ地名が残るが、同じ椎葉さんの中でも、桓武平氏の末裔なのか否かで、格が異なるらしい。

椎葉地図

クニ子おばば、こと椎葉クニ子さんは、そんな山奥で純粋な形での「焼畑農業」を継承されている日本で唯一の方。焼畑農業は誰でも社会の教科書で習ったことがあると思うけれど、森を焼き、その灰を土の養分として3〜5年食物を育て、また20年程自然に返して地力の回復を待つという気のなが〜い循環農法のこと。5,500年以上も前から続く、人類の知恵が詰まった農法だという。太古の昔から続く文化の継承者として、クニ子さんは自らを「原始おばば」と呼ぶ。

椎葉の山

社会の授業では東南アジアでは焼き畑で森林が破壊され環境問題になっている…という文脈で習ったような気がするけれど、焼畑農業は、水の少ない日本の山間地でも盛んに行われていたらしい。現在では灌漑技術も発達し、20年も放っておける広大な敷地を有する人も少なくなったことから、純粋な形で継承しているのはクニ子さんひとりとなってしまったという。

焼き畑のあと

民宿 焼き畑
たまたま数年前にTV番組を通じてその存在を知った私たちは、かなりマニアックな興味関心からクニ子さんを訪ねたつもりでいたが、実際訪ねてみると、クニ子ライブラリーともいえる、出演番組のビデオテープがずらり。民俗学の本、雑誌などなど、本当にたくさん取材されていた。取材や研究で訪問者が絶えない(秋篠宮さままで来られたことがあるそう!)ことから、住宅の一部を民宿として営業し始めたくらいだ。その名も「民宿 焼畑」どストレートである。民宿を運営してくれていることで、専門家でない人にも、クニ子おばばに会える門戸が開かれていることは非常にありがたい。

民宿焼き畑
民宿焼き畑を切り盛りしているのは、クニ子さんの息子の勝さんとお嫁さん。勝さんは一度村を出て大阪で働いていたが、焼き畑を継ぐため40歳くらいの時に村に帰ってきたのだという(ということは、正確にいうと焼き畑の純粋な継承者は2人なのかな?)。台風の影響で喜界島訪問旅程がたびたび狂ってしまったため、予約の変更でご迷惑をおかけしてしまったが対応してくださり感謝感謝。

綾町のみなさんと
同日、もう一組女性おふたりのお客様がいらっしゃった。お話してみれば、なんと綾町でスローフードを研究・実践されている方だという!ちょうど前日まで綾町にいたことから、話が盛り上がり楽しい滞在となった。

高級食材ずらりな夕食
到着したのがもう夕方近かったので、すぐに夕食となった。お昼にクニ子おばばのご指導のもと摘んでこられたのだという山菜の天ぷら、見たこともない山の幸、海の幸までも並ぶ(個人的には海が遠いこの地で、わざわざ海の幸は不要だと思うが…海の幸はご馳走でおもてなしには欠かせないという考えから並べられるものなのだろう。)

お豆腐に季節のお野菜を混ぜ込んでつくる菜豆腐(写真右)は椎葉村の名物。殆ど手づくりで、滅多にできあいの食材は買わないそう。山菜も塩漬けにしてあるものを戻して色々なお料理に変化するのだ。一昔前は「こんな食事貧しい」と言われていたのだろう。しかし、旬の食材を適切に保存する手間をかけ、また戻す手間をかけて、インターネットのレシピではなく、生活の中でずっと守り続けられて来た方法で調理された食材なんて、もう滅多にお目にかかれない。超高級料理だ。

夕飯
ご先祖様のこと
翌朝、まずクニ子おばばは仏間で、ご先祖様にご挨拶をする。クニ子さんはご先祖様をとても大切にしている。宗教観というよりは、生活の一部のようにご先祖様が身近にあるようだ。死者の世界と、今の世界が連続しているかのように、彼らに礼を尽くす。それから、年長者への尊敬も厚い。滞在中、ことあるごとに「やっぱり昔の人は何でもわかっていたんだねぇ」と何度もつぶやいていたのが印象的だった。

クニ子おばば

そのうちのエピソードのひとつに、出産経験がある。たまたまクニ子さんが出産する時、家に誰もいなかったそうだ。しかし、クニ子さんは小さい頃から、年寄りが出産のときはどうすべきか説くのを何度も聞いていた。だから、焦らず、陣痛の合間合間に布団を敷き、湯を沸かし、梁に縄をかけて、一人で出産できたのだと言う。へその緒処理まで、教えられたとおりこなしたのだそう。だから、「年長者が言うことは、黙ってよく聞きなさい」と。

おばばのお話
山が生んだ天才
ところで、クニ子さんが民俗学的にここまで注目されるのには、単に焼き畑農業を継承しているという以上に、彼女が昔の暮らしぶりについて持っている膨大な記憶やその価値観があると思われる。記憶力に関していえば、椎葉の山にある植物を500種類以上見分けられるし、その学名、方言名、そして謂れ、効能、食べ方などすらすら出てくる。これも、昔、母親つれられて畑仕事にいった休憩中、母親からひとつひとつ教えてもらったものだという。学名については、色々な学者がくるので、覚えてしまったそうだ。並大抵の能力ではない。ある意味、天才なのだと思う。

草とくにこおばば
もちろん、努力をして覚えたわけではなく、小さな頃から植物が大好きで、「クニ子さんの歩いた後は草がなくなる」と当時から言われていたそうだ。今でも、家から離れまでの間だけでも、話しながら目の前の草に絶えず手を触れて、切ったり折ったり、観察したりして、まるで植物とコミュニケーションをとっているかのような不思議な動きなのだ。

草とくにこおばば

栗剥き
そんな植物博士のクニ子さんと、ぜひ焼畑の畑を歩いてみたかったのだけれど、今回は天気の関係もあって、その願いはかなわなかった。その代わり、何か作業を手伝わせてほしいと申し出たところ、栗剥きがあるというので、やらせてもらうことに。栗を剥きながら色々なお話を聞くことができた。

栗剥き
栗を煮る
一番おどろいたのは、「私はずっとクニ子っていう名前じゃなかったんだよ」という話。なんでも、クニ子さんが赤ちゃんだった頃、山伏がキャーを吹いて家にやって来た時(キャーとは、ホラ貝のこと)、「この子はシズヱにしないと、病気を患うようになる」と言われて、それ以来シズヱさんとして育ってきたというのだ。確かに、郵便物の宛名はシズヱさんとなっている。その他にも、椎葉村の「名前」にまつわる話は面白い。猿のことは、山に出たら「山の青年」と呼ばなきゃいけないし、猫は「魔道(まどう)の者」になってしまう。

栗
そのものの、本来の名前を呼ぶと災いが起きるとか、無礼であるといった風習は古くから日本にあるものだろうが、まさかライブでお目にかかることがあるとは思わなかった。そんな具合で、話している単語がわからないことがあると思うので、まず焼き畑にいったらクニ子ライブラリーの中から、方言の解説のついているページにざっと目を通しておくと、話がスムーズだ(私たちはたまたま到着直後に、古い本の方言についてのページを開いて「なにこれ〜!」と、キャーキャー言っていたので、思わぬところで救われた。まさか現在でも山の青年やマドウたちが生きているとは…)

魔道のもの
ちなみに、民宿の付近には2匹野良猫が居着いている。いつも時間にはキャットフードまであげているのだけれど、「かわいがってはいけない」「絶対に家に入れてはいけない」といって、名前すらつけていない。名前だけじゃなく、実際「魔道の者たち」として扱われているのだ。昔、文化人類学の授業で、high contecst(=文脈の中でしか理解できない)の文化のことをthic cultureと呼ぶと習ったけれど、まさしくこういうことだなぁ…なんていうことを思い出していた。いちいち、椎葉村で起こることは興味深すぎる。

栗を煮る
剥き終わった栗を大鍋に入れて、お水と、お砂糖で煮るだけ。栗を鍋にいれてしまったら一休憩。「こんなものしかないけれど…」と言ってでてきたおやつも、クニ子さんお手製のショウガと柿のドライフルーツと、近くでとれた日本ミツバチの蜂蜜。戦前前後の「怒濤の時代」(と、クニ子さんは言う)本当に貧しくて生きて行くのがやっとだった。こんなに美味しいもので溢れかえっていなかった。だから何でも工夫を凝らして食べられるようにしたんだと。


柿

はちみつ

生きて行くには工夫しなければならなかった。クニ子さんには、今でもその精神が息づいていて、とにかくモノを無駄にせず、とことん使い切る。電子レンジでなにかあたためる時にも、使うのはラップではなく、昔使ったカップラーメンの蓋!「おばばの新発売」と言いながら発明品の数々も披露してくれた。モノを大切にするのは「環境にやさしいから」ではなく、生きるためだった頃のこと。暮らしは丁寧にならざるを得なかった。

おばばの新発売

できあがった栗と椎茸のオーブン焼きで簡単な昼ご飯をいただいた。テレビでは、宮崎市での大雨の状況を放映していた。「都会は怖いねぇ」「温暖化というけれど、自然のことだから、こればかりはどうしようもないねぇ」と、クニ子さん。山には森があるから、急にモノが飛んで来ることもないし、増水して身動きがとれなくなることもない。安全だという。山に対する恐れもあるけれど、守ってくれるものでもあると感じているようだった。

ランチ

種の話
お土産に、平家朝顔の種と、むかご(山芋の蔓になる実)をもらいたいとお願いしたところ、無料ではあげられないという。決して、クニ子さんが意地悪を言っているわけではない。「種というのは、もらって植えても育たない。1円でもいいから、自分でお金を払って買わなければうまく育たないものだから。あなた達が、育てたものをゆずるときも、必ずお金をもらいなさい。」という。種というのは、一粒がドンドン育って子孫を残して行く、不思議なものだ。お金も、ともすればそういうものかもしれない。そこに、なんらかの、昔から培われて来た贈与に関するルールがあるのがとてもおもしろかった。

IMG_1623

クニ子さんは、確かに種に対しては、並々ならぬ思い入れがあるようだった。焼畑は、焼いた畑に1年目はソバ、2年目はヒエかアワ、3年目はアズキ、4年目はダイズを植えることとなっている。育てる植物を変えることで無農薬でも虫がつかないような循環になっているのだ。長年の間に編み出された知恵なのだろう。だから、常に4面の世話をして過ごしていることになる。「1年くらい、お休みしようとか、もう少しペースを落とそうとか、思わないんですか?」とお聞きしたところ「種がなくなってしまうから、1年だって辞めてはいけないんだよ」「種はご先祖様からずーっと伝わって来たものだから、私の代で絶やすことはできないからね」という回答だった。

 

むかご

もうひとつ、お土産に、よもぎ茶を買った。クニ子さんちでは、だいたいよもぎ茶を飲む。もちろん、これも手づくりだ。高血圧に効くとのこと、地味にリピーターが多いそうだ。

よもぎ茶

椎葉利根川の重伝建訪問
天気が怪しくなってきてしまったので、クニ子おばばとの別れを惜しみつつ、次の目的地、椎葉村にある重伝建へ。民宿焼畑から、いったん村の中心部へ下る。昔は徒歩で1日かかったという山道だ。途中、クニ子さんのご実家のお寺がある角に、公民館があった。そういえば、私たちが訪問する数日前に、奇跡的なタイミングで、椎葉村が美しい村連合に加盟した。認定理由は、焼畑と椎葉神楽。この公民館でも、この地区の椎葉神楽が行われるのだそう(その他25地区で実施されている)。椎葉の神楽は、お祭りの直前に獲れたイノシシや鹿の頭が奉納される、かなりワイルドなものだ。勝さんは、一時期村を離れていたものの、「子どもの頃舞った神楽は、音を聞け身体が思い出した」という。

椎葉公民館

重伝建、椎葉村利根川集落は、平家の落人が移り住んだという、がっちりした美しい石積みと黒い瓦葺きが特徴的とのこと。

椎葉利根川

この案内板の素っ気なさ…笑 確かに山周りは山だらけだから、こうなるのかな。地図の真ん中くらいにある、三角の屋根の用なものが、八村杉といって、樹齢800年、天然記念物の大杉だ。

利根川地区

八村杉もチェックしたいところだったが、いよいよ大雨になって来た。山道で、来るときですら岩が所々、道路に落ちていたくらいなので、土砂崩れを懸念して急いで宮崎市の方に下ることにした。

大雨の利根川

所感
日本一周をはじめる前から、ずっと訪れてみたかった椎葉村のクニ子さん。人生のうちでお会いすることができて、本当によかった。TVでは哲学的なおばあちゃんのように見えたけど、実際は芸人のように楽しく、元気で明るく、そしてとても強い女性だった。もちろん、焼畑の火入れやその前の祝詞など、できることなら実際に体験してみたいし、代々続けられて文化を守られていることは素晴らしい。しかし、それと同じくらい、クニ子さんという方自身と出会って、言葉を交わし、その価値観や、暮らしぶり、生き方を近くで感じ、少しの間時間と空間を共にできるということが、ものすごい体験だった。

クニ子さんの、ご先祖様を大切にしながら、大きな歴史の中で生きている感覚や、昔話とその中の”正しさ”や独特の合理性、森への愛情、モノを徹底的に大切にし、自分なりの解釈を加えて使いこなしているところ…大切なことを学ぶというよりは、子どもの頃、大切に思っていた何かを思い出すような懐かしさを覚える。自然に寄り添い、その流れに溶け込んで暮らしているが故に、圧倒的な存在感をもつクニ子おばば。そういう存在を前にして、自分の位置を確かめることができたのかもしれない。

2014年、FBのウォールに「丁寧に生きる」という主旨の抱負を書いている人が多かったのを思い出す。忙しい中で、お金で買えるものは買って消費する生活。必要なものは、十分手に入っているはず。でも…。そんな人は、ぜひクニ子おばばに会いに行ってほしい。


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