© coinaca/コイナカ All rights reserved.

orviet13

20167/25

DAY1 イタリアのアルベルゴディフーゾ、アグリツーリズム巡りー Olvieto スローシティ発祥の地を訪ねて


ローマから入り、まず向かった先はウンブリア州オルビエートという町。ローマから電車で約90分北に走ったところにある、人口2万人あまりの町だ。orvieto15

ワイン畑の中にそびえる丘はまさに天然の要塞

どうしてこんな地形になったのだろう、何千年も前に海底火山で生まれたという丘は、不自然にそこだけドドドっと盛り上がったようで、周囲がが切り立っている。古代の戦争なんぞ経験したことのない私が見ても、一目で素晴らしい要塞だとわかるその丘の上に、現在では約5,000人が住んでいるそうだ。

cittaslow

(出所:cittaslow international)

オルビエートはスローシティ発祥の地として知られる町だ。スローシティ運動は、スローフード運動の町バージョンだ。スローフード運動は80年代半ばにローマにマクドナルドができたのをきっかけに、アンチ・ファストフード運動として展開した社会運動として知られており、伝統的な食や地場産・有機農法の食材を取り入れた食文化を守るなどの憲章を掲げ、世界中に150万人以上の会員を持つ。

slowfood

(出所:slowfood international)

この町で2008年に、そのスローフード協会の大会が行われた際、当時の会長が「スローシティというのをつくってみてはどうか」と提唱し、オルビエートにスローシティ事務局がおかれることになったのだという。

スローシティ認証地域を人口 5 万人以下としていること、州や地方の首都ではないこと、 独自の食文化を持っていること、環境重視の姿勢を持っていることなどが条件とされており、経済活性化や観光誘致を直接目的としているものでなく、より良い住民生活を指向していることが 特長である。−国交相資料

環境重視といっているだけあり、メインの通りに車が入ってこないよう、地下に大駐車場を埋め込み、そこからエレベーターで登ってきて町を楽しむようになっている。また、公共交通機関でも非常にアクセスがよく、最寄りのオルビエート駅からケーブルカーで丘の上まで登ってくることができる(ケーブルカーも環境に配慮して動力を電気にしているそうだ)。車ではアクセスできないということではないけれど、極力歩いて楽しめるようにするための交通施策を講じている。

orvieto_map

(出所:B&B ORVIETO SANT’ANGELO 42)

端から端まで歩いて30分ほどのかわいいサイズのまちで、路地が迷路のように張り巡らされている。こんなに寒いのに、案外多くの人が町を歩いているのに驚いた。小さなカフェや雑貨屋さん、大きめの本屋さん、劇場等が密集していて路地歩きがひたすら楽しい。メインの通りでひときわ目立っていたこのお店。後から知ったのだが、代々このまちの家具職人さんだった方のお店で、現在は木工作家としてこの町に素敵なベンチをたくさん置いているそうだ。

orvieto8

スローシティ運動では、観光客というよりもそこに住む住民の憩いの場としてベンチを置くことを推奨しているらしい。確かにこんなに寒いのに外でコーヒーを飲む人、犬の散歩をする人などなど、人口5千人のまちにしては活気がある。そんな小さな仕掛けが人々の行動に影響を与えているのかもしれない。

orvieto9

写真の右端に写っているこのベンチも前述の木工作家さんの作品らしい

スローフードのアワードを何度も受賞し評判のよいレストランに向かったが、あいにく予約でいっぱい。ちなみに、スローフード認定のお店はみんな誇らしげにこのカタツムリシールを入り口に貼っているのですぐわかる。さすがスローシティ、スローフード協会に加盟しているお店がかなり多く、調べ直さねばわからないが、人口当たりスローフード認定店はかなりの数に上るのではないだろうか。

orvieto10

仕方なく(といっては失礼だけれど)、地元のものが食べれると聞いたお店へ。お店にはいると、ここにも木工作家さんの作品が並んでいた。みんな、とても誇りに思っているんだろう。名前は忘れてしまったけれど、この地方の郷土料理である卵を使わないパスタを注文。素朴だけど雑ではない。横では何かお祝い事でもあったのか、少しおしゃれをした、しかし地元の人と見られる仲良し青年6人が騒ぐでもなく、愉しげにゆっくりご飯を食べてました。地元にも、ちょっと気取って集まるレストランがあるっていうのがいい。これがスローシティーの真髄かなぁ。

orvieto11

 

地下洞窟ツアー

残念なことに、連絡がギリギリになってしまったため、スローシティ事務局にはアポを取ることができなかった。代わりに、2月という閑散期でもあり観光協会の女性は暇だったらしく、丁寧に色々な情報を教えてくれた。オルビエートはローマとフィレンツエの間に位置しているため、バスツアーで立ち寄りやすい。が、そのため観光客の80%は滞在時間が2時間程度で宿泊する人がとても少ないのが悩みだそうだ。しかし、最近は海外からの移住者もいて、空き家は少ないということだった。スローシティについても聞いたが、その取り組みは知らないとのことで、代わりにスローフードで有名なレストランをいくつか教えてくれた。俄然、スローフード協会の方が一般の人に浸透しているようだ。そもそも食べるのが好きな民族だからかもしれない。

duomo

観光協会は町の中心であるドゥオモの真ん前の広場にある。

また、ここで地下洞窟のツアーも手配してくれた。オルビエートは丘の町だけれど、その丘の内部は無数の洞窟が蟻の巣のように張り巡らされており、スカスカなのだ。洞窟ツアーは有料で、町によってイタリア語と英語で毎日開催されている。ツアー参加者以外は文化財保護の観点から洞窟には入れない。

IMG_4334

赤く書かれているのが洞窟が発見されている場所

はっきりとした証拠はないそうだが、ここオルビエートは紀元前にはエトルリア人が住んでいた都の1つで、この地形からかなり重要なポジションの町だったそうだ。ほぼどの家にも地下室があり(ほとんどは各家のオーナーが所有。ガイド用に解放しているものは町が買い取ったもののみ)、その多くに地下80mもの井戸が掘られている。現在約1200個が特定されていて、中にはエトルリア人が掘った3000年前の井戸も発見されている。

orvieto1

この地下室は時代によって様々な使われ方をしてきたそうだ。時代はかなり下り、12-13世紀には仕事場として、家畜、チーズや穀物の貯蔵、鳩の飼育、オリーブを絞る場所など、分担して、万一丘が兵糧攻めにあっても、プロダクトを交換すればこの町の中で全てが完結するようになっていた。第二次世界大戦では防空壕となり、洞窟をつないで病院として使っていたこともあるという。丘の上の旧市街の人口は最盛期には2.5万人いたといわれているほど、栄えていたそうだ。

orvieto2

しかし、なんといってもこの洞穴の特徴は壁に空いている鳩ノ巣の穴。丘の南側は日が入り暖かいので鳩の飼育を担当したそうだ。昔の人は食用に鳩を飼っていた。なんでも、鳩はたとえ包囲されていたとしても空を飛んで外に出られるので敵に捕まらないし、勝手に外で何か捕まえて食べてくるので餌入らず。さらに決まったところに巣に必ず帰ってくるということで、ここで卵を抱かせ、ヒナが飛べるようになる前の小鳥を食べていたそうだ。今でもピッジオーネという鳩料理がここの名産ということで、夕飯は決定。

orvieto5

さすが感情表現豊かなイタリアン。迫力満点のガイドさん。

ツアーの内容をこんなに詳細に書く必要はなかった。なにはともあれ、たとえ閑散期であっても毎日ガイドツアーを開催しているのはとてもよい取り組みだと思う。やはり博物館で学ぶよりもその土地に住むガイドさんと、会話しながら歩けるという体験のインパクトは大きい。妙にその町を把握した気持ちになり、知識が自分のものになると、愛着に変わりやすい。そんな気がする。ストーリーを知ってから食べるピッジオーネもとても美味しく感じた。

orvieto3

ガイドさんに教えて貰ったお店で食べたピッジオーネ。おいしい!

その他、この町には観光名所として中世に掘られた100mを超える深い井戸や、エトルリア人のお墓の遺跡などもあり、観光地としては十分なコンテンツが揃っているので、スローシティと気張らず行っても十分楽しめる。

orvieto7

上りと下が交差しない螺旋階段

oruvieto11

死者の都ネクロポリ

アグリツーリズムのお宿

スローシティ偵察はやや中途半端だったが、アグリツーリズムのお宿に泊まり話を聞くことができた。ちなみに、日本の農家民宿と異なり、普通のインターネットの宿泊サイトで様々なホテルの選択肢の中に並んで、多くのアグリツーリズムの宿は簡単に検索できる(逆にアルベルゴディフーゾの宿は発見するのは至難の技だ。なんせ、アルベルゴディフーゾ協会のサイトはイタリア語でしかなく、インターフェースもいまいちすぎて情報が発見できない。)


IMG_4497

宿やオルビエートの丘に登る坂の途中にあり、とても景色がよかった。女将のフランチェスカさんは、5年前(2010)にローマから両親と移住して、農家民宿を始めたそうだ。フランチェスカさんはローマで内科医をやっていたけれど、毎日通勤に50分もかかり、3回もバスを乗り換えるようなところに住んでいたため、忙しく窮屈な生活よりもquality of lifeを求めて移住を決めたとのこと。今でも妹さんはローマで働き、平日夜中と週末にオルビエートに帰ってくる。平日はフランチェスカさんがオルビエートで姪っ子たちの面倒も見ているそうだ。

orvieto13

お部屋の様子。家具はIKEYAが多い。ちょっとスローじゃないかもしれない。

移住を考えたきっかけは、もともと祖父母の家が田舎にあり、子供の頃から週末によく両親に連れられて遊びに行っており、田舎が好きだったから。父親の希望で、ローマに通える範囲内で2ヶ月ほどいろいろな空き家を見てまわった。交通の便もよく、農園もついていることから、この物件に決めたそうだ。内装をリノベーションした宿泊棟には4室部屋があり、築400年くらい。食事をする部分は後から増築されたところで、その二階に家族で住んでいるそうだ。

orviet13

父親のアルベルトさんが、農場を案内してくれた。以前はローマで高校の数学の教師をしていおり、退職して移住したそうだ。医者の娘と数学教師。この後のイタリア滞在を通じても出会った移住者にはインテリが多かった。農場はかなり広く、果樹や羊付きでひきとったらしい。畑もあるし、プールもある。夕食で時々だすらしく、マスを養殖している貯水池まであった。やはり最盛期は夏で、世界中からお客さんがくるそうだ。もちろん、常連のイタリア人のお客さんもいるとのこと。

orvieto14

朝食には、ホームメイドのバナナケーキに、とれたてのかなりワイルドなセロリと人参が並んだ。味が濃い。

「手に職なのだから、この町でも医師ができるのに。」と聞いたが、「今の生活が気に入っているからいいの。宿泊業は意外と性に合っていて天職だと思う。」と、都会的なサバサバ感でからりと答えた。恐るべし、quality of life。


No tags for this post.



関連記事

おばばのお話

DAY93 美しい村連合・宮崎県椎葉村 クニ子おばばと不思議の森へー大切ななにかを思い出せる場所

「クニ子おばばと不思議の森」というNHKスペシャルの番組を見て以来、いつかは訪問してみいと思っていた村、宮崎県 椎葉村(しいばそん)。宮崎県…

本川市長と

DAY35-3 富山県氷見市 旅の醍醐味はハプニング…にしても、はちゃめちゃなハプニングに見舞われた日本初・体育館リノベーション市庁舎視察

この4月末の退職前、私は銀行の調査部門で、地方自治体の公共施設関係の調査を担当していた。高度経済成長期に、一気に整備された日本のハコモノ・イ…

昔の小坂町

DAY7 美しい村連合・秋田県小坂町 生きた没落の歴史と底力を語る町、もっと語ってほしい町

小坂町は、他の美しい村とは一風違った町である。美しい村連合加盟村には、それぞれ加盟理由というのがあり、一般的には自然や農村の営み、史跡やお祭…

じゅんさい狩り

DAY22 美しい村連合・福島県北塩原村・後編 北塩原村では棚からボタボタ、ボタ餅ならぬ塩ラーメンやじゅんさいが落ちてきた!

花豆モンブラン@ヒロさんのお菓子屋さん福島の地場産品を使ったツイーツコンテストで優勝したという「花豆モンブラン」を食べに、「ヒロのお菓子屋さ…

メジカの刺し身

DAY73 重文景観・高知県中土佐町の久礼大正町市場でメジカを食す(夏季限定)

高知(土佐)といえば、たんまりと薬味がのったカツオのタタキであるが、少し足を伸ばした中土佐町でちょっと変わった魚が食べられると聞き、足を伸ば…

ページ上部へ戻る